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栗庵流人・新帳~その77 [栗庵]

デァゴスティーニ社の『週刊ブルーノートコレクション
創刊号を買ってしまいました!
つい 表紙のマイルス・ディヴィスに惹かれ
創刊号は490円だし・・・此処で少し働いていたのに
その手にまんまとひっかかり 明日は2号のハービー・ハンコックも
買っちまうんだろうな。
ちなみに創刊号のCDには以下収録。
Autumn Leaves
Dear Old Stockholm
Yesterdays
Tempus Fugit
It Never Entered My Mind
How Deep Is The Ocean

まぁ かっこいいわけですな。
物足りないような気もするけど あくまで
BlueNote Collectionなんだから。
暫くiPodにBlueNoteタグを拵えて聴くことになりそう。

1979年だったか1980年だったか 新宿の中央公園だったような気がする。
マイルス・ディヴィスが 野外で演奏しているのを聴いた記憶がある。
とにかく 驚いたのは 大きな象、又は恐竜が
いきなり我々の上空に舞い降りてきたような幻視に襲われた
そんな衝撃を覚えたことだ。
変なモンを吸ってたりしてません。まだ脛齧りの大学生ですからね。
今でも真面目なオッサンですけど。

この雑誌は ジャズ浸り系のオッサン向けというより
十代二十代にこそ 良さそうな気がします。
後は私のような中途半端にジャズを聴いてきたオッサンにもいいかな?
だから私は録音の良し悪しなんざ そっちのけタイプです。
高校生の頃 植草甚一が『宝島』で 私たち十代のガキどもに
ジャズ入門を 実に下町風情溢れたカッコよさでしてくれていましたが
その辺りで一向に進歩せず 深化もせず 
大学でモダンジャズ研究会の先輩に 結構あれやこれや聴かせて頂きながら
わかったような わからんような でも ジャズを聴かなあかんなぁ
と 自宅でこそこそローリングストーンズを聴いている
変ないじましさに 自分でも嫌気がさしたものですが
でもな やっぱモーツァルトにゃあ敵わんがな。
と背伸びして観るイスラム教徒いや回教徒いや海峡を~と
演歌が駄洒落に忍び込む。
で マイルスは COOLなわけです。
『死刑台のエレベーター』が有名なんですが
どうも私は今一 かっこよく感じなかった。
ゴダールの『アルファヴィル』に使われるクラッシクの方が
妙にジャズっぽかったりした。
私にとって ジャズは 「かっこよく虚を突く」であるのかもしれない。
だから イーストウッドの『バード』も ちょっと居心地が悪かった。
余り チャーリー・パーカーらしい かっこよく虚を突く調子が
出てなくて かっこ悪く這いずり廻る実像が描かれ 
果たして 私にはジャズっぽくなかったりしたのだろう。

 下戸なのが残念だと思うのは
やはり ジャズを聴きながら夜更けにちゃんと酔えない事につきる。
旨い料理を相手に酒が飲めなくて残念・・・などとは
一度も思ったことなどない。酒を呑まねば胸襟を本当に開かぬ主義の御仁と出遭っても
ならば縁なきと退散に躊躇などしないのだが・・・・。


栗庵流人・新帳~その76 [栗庵]

盆栽が欧州でブームになりつつあるという。
日本の職人芸は 価値がある。
嘗て浮世絵も欧州の絵画を変えたりもした。
ピカソだって 北斎漫画や歌麿の春画に出逢わずば
果たしてキュービズムへの確信などできたかどうだか。

日本映画が ハリウッドスタイルから大いに学び
溝口健二と小津安二郎という両極端なスタイルを
提示して 今でもそのワイルドホースの轍を
なぞる事は 欧米でこそ盛んである。
ゴダールが初めて日本の地を踏んで訪れたのは
京都の溝口健二の墓であった。
ゴダールはワンシーン・ワンカットに憧れた。
そして先日 撮影中の自動車事故で他界した
テオ・アンゲロプロスも ゴダール以上に
なんとか溝口の長回しに迫ろうと努力し続けた。
小津のリヴァース・ショットは 
簡単そうでなかなか手ごわい。
役者の顔の大きさはまちまちだが 小津は
ワンショットごとに 同じ顔の大きさにした。
出来る限り 目の位置を画面上の消失点から
引いた横線に合わせようとして
イマジナリーラインなんぞ無視してしまう。
畳の縁(へり)によって画面上に線が走るのを嫌い
小津はローアングルにしたという。
私には フェルメールの『赤い帽子をかぶった女』の
アングル カメラ位置を真似ているように思えるが
公言していたのは 畳の縁だ。
そして小津のレンズは 最も人間の視界に近い
標準、50㎜である。映画一本約700カットを
彼はこのレンズだけで撮った。
溝口は 確か80㎜をメインにし ズームレンズを嫌った。
そしてカメラは常にクレーンの上に置かれ
リハーサルは 溝口がクレーンを占領してから
移動車係やカメラマンに位置からスピードまで
細かく指示し 役者がセットに入ってからは
カメラマンと二人でクレーンに乗って
役者の芝居を見詰めていたと宮川一郎カメラマンは証言していた。
その節撮影本番中でも溝口が 役者の演技にのめり込み
身を乗り出したり 唸ったりするのでクレーン台は揺れるので
重いカメラにも拘らず 宮川はカメラを支えるヘッドを
固定せずに片手でその揺れに対応したという。
一人の職人だけでは 到底為し得ない技の結集が在ったのだ。

浮世絵も その名を語られることは 絵師より遥かに少ないが
彫師 摺り師の名手が 存在して成立していた。

盆栽も さぞかし 多くの職人気質と職人の探求が募っているのだと思う。
そういう 魂や心が籠った作業には 言葉の違いを越えて
共通の驚嘆、共通の共感が モノを越境して届いてしまうのだろう。


栗庵流人・新帳~その75 [栗庵]

NHKで『人間とは何か』を観る。
アフリカからグレートジャーニーをする
ホモサピエンスとヨーロッパを中心に存在していた
ネアンデルタール人との敵対と融合が
面白かった。しかし 不覚にもうたた寝していた。
すると『日本人は何を考えてきたか』が
教育で始まっていた。今日は幸徳秋水と堺利彦だった。
こちらは きっちりと観た。
山田風太郎が 幸徳秋水を題材とした長篇を計画していたが
頓挫し、獄中の秋水を描いた短篇を書いていて
それが とても切ない話で ヴォネガットの
『ジェイル・バード』に繋がっている感じがして
山田風太郎が同年齢ぐらいのヴォネガットと
シンクロニティしていたのかもしれないと
この番組を観ながら そんな分析を頭の中でした。

しかし大逆事件というのをでっちあげ
非戦論や反戦論まで危険思想に追い込んで行った
悪霊に憑りつかれた男の名前を教えて貰った。
その男の写真を見ただけで 
「こいつこそが 悪霊に憑かれたボルシェヴィキじゃないか」
我が直観は そう叫んでいた。

漱石が 探偵に尾行されているとしばしば日記に書き
それを基に 漱石神経症深刻説を立てる人もいる。
いやぁ 実際 彼は大逆事件前後に
そうとうマークされいたんじゃないかな?
満州韓国への旅行を取材した『満韓日記』は
再構成されて朝日新聞に漱石の連載モノとして発表されているが
実際の旅日記には 日本の帝国主義に対する
リベラルな、正義感至上主義的な 批判精神が
所々に書かれている。その部分は 朝日側から
漱石への配慮があったような気がする。
そして 漱石は 確か 大逆事件について何も書いていない、
という事になっている。リカードを読んでいた漱石が
マルクスの『資本論』を読んでいないわけがない。
井上準之助も マルクスの『資本論』を
近代経済学理解の手引書として高く評価していた。
財政の実際家であった井上ならば猶更の了解だったが
その発言が 大逆事件以後 洗脳されてしまった
我が国の凡庸な脳みそ種族をテロに走らせる。

日露戦争を民族の英雄詩とする危険を
多くの知識人は感じていた。
しかし大逆事件をでっちあげたあの男から
関東大震災直後にアナキスト・大杉栄と
伊藤野枝 そしてそのローティーンの甥までも
圧殺しておきながら憲兵隊から追放されるどころか 
満州国建設の立役者になったあの男に繋がる
その系譜を我々は見落としているのかもしれない。
それは 悪霊に憑かれた者どもの系譜である。

山縣有朋が日露戦争時、帝政ロシア打倒の
革命運動組織に資金援助した。
と同時に山縣がボルシェヴィキの手の内を
知ろうとしただろう。日本でその革命運動を
起こさせない為に何をすべきかを学ぶために。
吉田松陰を師に、高杉晋作と共に戦った男が
ロシアから 悪霊を招聘したという物語を
山田風太郎さんに 書いて頂きたかった。
幸徳秋水の物語は 其処に奥行を求められただろう。
司馬遼太郎よりもその題材は山田風太郎向きだと
私は思うが さぁ 今時の出版社の方々は
どう思われるだろうか?


栗庵流人・新帳~その74 [栗庵]

今日は朝から揺れる大地・・・でした。
ヴィスコンティっすか。
そしてショーヴェル洞窟という
3万2千年前の人類が描いた絵や
鳥の骨で作った笛が見つかり
なんと5音階だったりで
おやおや なんか 人類文明は
クラッシュアンドビルドの繰り返しかね?
ナーランダの石窟から高度の放射能が
検出されて大騒ぎなんてのが
私の高校時代、1976年ぐらいにあったのを
思い出したりしました。

日本の北国に積もる雪を見るたび思うことがある。
「あの雪を何処かで貯蔵して夏の冷房に
 遣えないかなぁ・・・そうすりゃ節電にもなるし
 雪降ろしの費用も夏にチャラになるんじゃないか」
ハイ。妄想妄念の類です。
いや 本気で実現化を考えている偉大な方がいらっしゃるかもしれない。
だとしたら 妄想妄念などとは失礼千万です。
申し訳ございません!

とても 銀座に『宇宙人ポール』を観に行く気になりませんでした。
あの三原橋寒々しい地下のシネパトスで観て、
『ナイル』もやってないから(休業中)
どーもこの寒さを突いて一人で映画もないなぁ・・・と。

谷垣さんも偶には 強烈なストレートを打ち出しました。
野田総理もカウンターパンチを顎に喰らった感じです。
「マニフェストで約束した事は命がけでやるんです。
 やらないと約束した絶対にやらないんです。
 それが ルールなんです」
そう野党時代に言った事を 知らんぷりするようじゃ
全く 意味なし政権交代、騙したという悪感情しか残らない。
これを覆すのは 大変です。寧ろ前言撤回して
ルールを守り通した方が 名宰相として歴史に名を残せるでしょう。
?消費税上げ、TPPに参加しないと 某国が超X線で地下核実験するって
脅しているの?だとしたら ネットにそのことを巧くリークしたら?
そうしたら結構なデモがね起きるかもしれない。 押しくら饅頭になって老いも若きも
参加して この寒いのに 流行るんじゃないっすかねぇ。
狸穴から飯倉までね。麻布十番でデモ散会して 各自反省会したりして。
地震も怖いから 赤信号みんなで渡れば怖くない式で
首都直下大地震みんなで被災すりゃ怖くない・・・そーはならんか(笑)


栗庵流人・新帳~その73 [栗庵]

NHK教育で新内を特集していた。
どうしても 新内というと 
深川江戸資料館で夏の風物詩として
新内流しの実演を催すのを連想し
寒さに凍えて帰ってきた身には
ちょっと寒々しかったが
そのまま 眺めておりました。

深川江戸資料館で聴いたのは
いわゆる流しの連れ弾き。
男女二人で三味線を弾きながら
甲高い声で男女の間に流れる
深くて暗い河を詠うスタイル
三味線の爪弾きが 
深くて暗い河の上を舞うそぞろの風と水面立つ波と戯れる
哀愁を音で画を描く。
詞は 所々しか 耳に馴染まず、
現代の我々には心もとないが
しかし やがて馴れてくると 
現代のラブソングと同じ行き違いを
古雅なる言葉で詩っているのが解かる。

不図 この三味線の曲調の間を
少し繋ぐメロディを加えると 
んんん Japancoolだと感じたりした。
いっそ歌詞英語を混ぜて さらによし。
三味線もいっそアンプ繋いで エレキギター
ベース、パーカッションとともに。

寒さで頭が冴えたのか 思考能力が凍結寸前なのか
さぁ どちらでしょうか?


栗庵流人・新帳~その72 [栗庵]

巨大な太陽フレアが発生し
ノルウェーイギリスでもオーロラが天空を走る。
ネット上では 色んな情報が駆け抜けて
スーパーコンビニカロリーメイト
カップ麺が 妙に品薄になる。

 地軸の傾きが 極ジャンプを起こすと
一瞬にして地球は自転を止めるだろう。
そうなったら・・・・
地震じゃすまない。
重力がなくなります。ほんの数分で
我々は 窒息し 地上のありとあらゆる存在は
地表から宇宙の無重力の彼方へ放出され
何処へ隠れ 備蓄食料で食いつなごうにも
酸素ボンベを背負っていようと
その時は 何の意味もない。
等しく 全ては 宇宙の塵となっていく。
そして アイスボールになった地球で
ウィルスや細菌だけが生き残る。
やがて 何万年後だかに 又ウィルスや細菌から
全ての進化のやり直しが始るだけのことです。
こういう極端な惑星の歴史は おそらく数回は在ったでしょう。
火で滅んだ『バベルの塔』の記憶や 水で滅んだ『ノアの方舟』の記憶
といった最近の人類文明の消滅記録は なんとか残ったが
アイスボールに付き合った記憶は残しようがなかったんです。
余りにも一瞬の出来事で 何の跡形もなくなってしまい
生き残りもいなかったからです。ただ地質学者たちは
知ってしまったらしいです。そういう事が実際在ったことを。

地震や洪水、大津波で地表全体が急速に変形する
そんな事態は 起こらないと私は思っているんですが
どうも多くの科学者は そっちを心配しているらしい。
そんな事が起きたら 生き残ったって辛いばっかりでしょうなぁ。


我々人類の科学は 宇宙において
まだまだ ひよっこなんだということを思い知り、
さぁて 原子力エネルギーに代わる 宇宙のフリーエネルギーを
米国がそろそろ公開し、 
ま いつ極ジャンプがあるかわからんのだから
それまで 仲良く人類やろうや!と思いを 新たにして戴きたいものです。 
そうしないと これからも色んな目に合されると予測しております。 
米国在住の全ての皆様!頑張ってください。
日本が危ないと思ってらっしゃるかもしれませんが 
本命は やっぱり・・・・ねぇ。
その代役を日本が引き受けるってのは
日米安保条約には 無い無い。

神との契約だもの!

お願いだから超X線による
地下核実験はもうやらないでくださいね。
そっちの方が 太陽フレアより地震や津波を
引き起こすんじゃないんでしょうか?
もしもそれが極ジャンプを誘発したら 
全人類の敵どころじゃ済まない。
それをくれぐれも忘れないでほしい。


栗庵流人・新帳~その71 [栗庵]

20歳の時 幸運なことにヨーロッパに
旅行する機会を得た。そしてできるだけ
節約するために生協でソ連廻りの旅券を買って
往路、横浜からナホトカまでは船、
ナホトカからハバロフスクは鉄道
ハバロフスクからモスクワまでは飛行機だったが
モスクワからブリュッセルまでは又 列車に乗って そして船でロンドンというか
英国の南下あたりにドーバー海峡を渡り、そこからロンドンも鉄道。
全く幸運だったのは ソ連の矛盾を垣間見る事ができたこと、
ロシア人の個人としての優しさと国としての
矛盾に満ちた冷たさの激しい温度差・乖離を
耳目で認識できたことだろう。
そして 林檎だ。青くて小さな林檎。
青くて小さい林檎は 酸っぱくて 食べる度に
体中が洗われるような爽快さがたまらなくおいしかった。
甘い林檎は苦手だ。アップルパイも林檎の酸味が
無いのは旨いと思えない。

ドッドドッドードッドドッドー
青い林檎を吹き飛ばせ
赤い林檎も吹き飛ばせ

宮澤賢治の『風の又三郎』の主題歌を
口ずさみながらブリュッセルに着いて乗り込んだ
ドーバー海峡を渡る船の売店で買って貪り喰らった。
それが 西洋の青林檎との初体面であった。
お蔭で船酔いもしなかった。

西洋では 『一日一個の林檎は医者いらず』というそうだ。
林檎に含まれるペクチンは 腸内環境を整えるという。
バイブルでは 知恵の実として 人間存在を
この混乱した世界へ目覚めさせる林檎だが
人間の健康維持に役立つ 生きる知恵の果実ともいえるらしい。

紅玉という銘柄の真っ赤で小つぶな林檎が一番おいしいと思う。
栗原はるみさんが 以前 アップルパイだかのレシピ
紅玉でないと求める味が出ないと仰ってましたが
今夜 オーブントースターで紅玉を焼きました。
ペクチンは加熱すると増加するというので。
オリーブオイル蜂蜜で味付けする。バターよりもあっさり 
砂糖よりも甘味が抑えられ林檎の芳香が際立つようだ。
シナモンを加えれば・・・・・そうだ!
前の記事で書くの忘れていた。 早稲田茶房を忘れていた!
私が在学中に閉店されてしまったが
この早稲田茶房の焼林檎がおいしかった。
山小屋ロッジ風の建物、太い梁が頭上で艶光していた。
井伏鱒二さんの『花に嵐の喩えもあるさ サヨナラだけが人生さ』と
訳した漢詩をご自身が揮毫した屏風?が在ったと記憶している。

神保町のスマトラカレーではこの時期 
焼林檎がメニュウに載る。私は未だ注文したことがないが
今度試してみようと思う。


栗庵流人・新帳~その70 [栗庵]

龍を鎮めるには 龍。
分る人には お分かりのこと。

でも今日は珈琲について書きます。
子供の頃 両国の天亀八で天麩羅を食べ
同じ清澄通りを森下方面に行くと
『ダコダ』という喫茶店が在った。
其処のサイフォンで淹れる珈琲を 
子供の頃には旨いと思っていた。
とはいえ やはり 私はダコダのバナナジュースを
注文する事の方が多かったに違いない。

やはり珈琲に凝るのは 煙草を吸うようになってからだ。
だから
スターバックスの 珈琲の香りを愉しんで戴きたいから
煙草はご遠慮ください(といっておきながら
何でキャラメルとかメイプルシロップをプラスさせるんだ!)
という珈琲香り至上主義を 私は全く受け付けない。
しかも スターバックとは明らかに
愛煙家のカート・ヴォネガットの『ジェイル・バード』の
主人公の名前ではないか!しかもその中で
主人公が刑務所から出所して最も感動した
コーヒーショップのもてなしのよさを彼に示したお蔭で
そのコーヒーショップは一大コングロマリットの援助を受け
米国最大のコーヒーショップチェーン店になる。
カート・ヴォネガットは そう預言していたのである。
その恩義を忘れたかのような振る舞いに時々腹が立つ。
いやそれはフィクションであって実際は違うけど 
あのシアトル系だかのコーヒーショップチェーンは 
『ジェイル・バード』の影響下にあるはずなのだ。

銀座7丁目の消防署の対面に『豆屋』という喫茶店があった。
もう既に無い。此処で初めて自家焙煎というのを知った。
そして 自家焙煎の本家本元は 此処じゃないかと
教わったのが 吉祥寺の『もか』である。
井之頭公園近くのお店にも何度も通った。
数年にわたって毎月『もか』の豆を取り寄せていた。
ネルドリップでも淹れていたが
池波正太郎さんが贔屓にしていた山の上ホテル喫茶室出身の方が
あるインタビューで 「ネルドリップもいいけれど
ドリップペーパーを2枚使えば 同じぐらい よい」
というのを読んで 以後はそうしていた。
今は貧乏なので 専ら家での珈琲はゴールドブレンドだが
銀座に行くと 水出しの『どんパ』に行く。
渋谷新宿には 滅多に行かないから 全く知らない。
神田の連雀町に行けば『ショパン』がある。
年がら年中ショパンの曲が流れているし
此処の照明の具合ほど 気の休まる場所はない。
神田まつやの照明と同じぐらい偉大だと思う。
『ショパン』は一度に大きなネルで大量に淹れ
それを小さな鍋に移し 温め直しているのかもしれない。
だが煙草と呑めば 極めて 愉しめる味である。

そして 今のところ 私が一番好きな珈琲屋さんは
浅草の国際通りに近い方の『尾張屋』の裏?に在る。
自家焙煎で 一杯づつ ネルドリップで淹れてくれる。
照明の具合もよい。 キセルで一服できるような
用意もある。マイキセルを置いている常連も居るらしい。
『なにわや』という店名も 一人で奮闘する
マスターも 飄逸としていて珈琲同様 味わいがある。
近くの『ぱいち』でビーフシチュウやグラタンを
食べて それだけで天国だなぁという心持ちで
あるその上に 
『なにわや』でゆっくり珈琲を飲み一服すると
「此処は この世の極楽や」と自然(じねん)に
呟くのは決して私だけではあるまい。


そして 私が忘れられないのは
日本橋木屋から室町へ向かう道に在った珈琲屋さん。
珈琲もおいしかったが、ジャズのレコードコレクションが
思いっきり素敵だった。割と雑然と置いてあって
友人の家で「これ聴きたいな」という感じで
マスターに注文する感じが 明るいジャズ喫茶とでも言うか
妙に寛げる空気と時間が流れていた。
永嶋慎二の『黄色い涙』とか『漫画家残酷物語』に
出てくる喫茶店の空気よりも高級なんだけど
ちょっとあの高円寺、阿佐ヶ谷的な感じが
三越や日本銀行の在る街にポツンと浮かんでいた。
そして『千疋屋』が近くにあるのに 
この店のフルーツ生ジュースの方が旨かった。
特に杏ジュースは 魅力的な味だった。
残念な事に 少し浮世離れしていたマスターは
せちがらくなる世間を見越して 
サッサと店じまいをしてしまった。
 
ただ どうしてもこの店の名前が思い出せない。
忘れられないのに・・・。古い日記でも読み返すしかあるまい。


栗庵流人・新帳~その69 [栗庵]

寒いなぁ!という日に
冬の雷が鳴り 雪が積もる夜。
「4年以内に首都直下型の大地震
 起こる確率70%以上」・・・ですと。

一方で ネット上では1月25日には
東海東南海地震が起こる予知夢なんてのが喧しい。

まず。 『天災は忘れた頃にやってくる』
寺田寅彦先生の名言を。
おそらく古代人のようにアストラル体か
エーテル体が肉体の外側にはみ出ている
例えば 伊勢白山道ブログを書かれている方が
仰るように 
『備え 意識しておれば 大難は小難に小難は無難になる』
という事を 心に明確にしておきたい。

そして南無観世音菩薩でも南無妙法蓮華経でも
生かして頂いてありがとうございますでも
自分の内から 腹の底から唱えておきましょう。

ただし 今ネット上で騒々しくなっておる
予知夢なのですが 一言 注意をしておきたい。

シュタイナーは 見者なる存在に最も要求されるのは
自分の見たヴィジョンに対する懐疑主義的な態度であると
語っている。
たとえば ある有名人の訃報に触れ
「あぁぁやっぱり 私はあの人が死ぬのを予知していた」
という思いに至るとする。
しかし 人間は 注意を向けていなくとも 
一瞬 何か目にしたものを脳内に記憶していて
その中に ある有名人の名前や写真がチラリと入り
次にドラマ映画で印象的な死を記憶してしまったりすると
上記のような 思いをしてしまう。
それで 自分には予知能力があるという思い込みだけが
自意識上にしこりのようにできてしまう。
それは とても見者の道を歩める資質とは言えない。

去年1月にニュージーランドで大地震があった。
その時には津波被害はなかったが
スマトラ島沖の津波の映像やその津波を扱った
映画の予告篇などがマスメディアでも流れ出した。
ある恐怖とそれらの映像などが 無意識にでも
脳内で一致し 後で 3月11日という日付を
補足記憶して 人に話すことは 悪意なく在りうることだ。

今年は元旦から少し大きな地震が在った。
又去年の10月ぐらいから 報道で
年末から1月中 大地震の危険性を北大だかの
研究グループが警報として発表した。
それらと 新月が今日1月23日というのを
何かで見聞して
不図 意識内で符合させ 予知夢を見る
又は 予知夢を見たと記憶上で再構成してしまう。

ビクビクし恐れる心を起こせとは
私は絶対に申し上げない!

ビクビクするのは 逆に悪い事態を惹きつけるだけです。

もしも万が一という意識を頭の片隅に
バスタブに水を張っておくとか できる備えは
心を安定させるためにしておき
感謝想起や南無観世音菩薩やお題目を
普段よりも しっかり腹の底から唱えるぐらいで
後は 通常通りに生活しているべきです。

天災を忘れないのと ビクビク怖がっているのでは
全く別の心の状態です。後者は寧ろ積極的に
心から排除しておく、掃除しておくべきだと思います。

明日の朝 資源ゴミを出しに行く時
凍結路面に気をつけないと!


栗庵流人・新帳~その68 [栗庵]

イーストマン・コダック社が
事実上の倒産をしてしまいましたね。

私が8㎜フィルムで映画を創っている頃
富士フィルムの青味を選ぶか
コダックフィルムの黄色味を選ぶか
それぞれの選択があり
それによって撮影カメラNikon
Fujiのどちらかを選ぶことになるのだった。
私はNikonのスーパー8が好きだったのと
青味に転びやすいフィルムよりも
コダックの黄色、赤の発色を選んだのだった。

そしてPaul Simonの『Kodachrome』を
中学生の頃から愛していたというのが
上記の理屈を上回っていたかもしれない。
この曲には Nikon Cameraという言葉が
歌詞中に頻繁する。ニコンでなくナイコンである。
冒頭から 歌詞は十代の反抗期の少年には
開明的だ。 
♪ハイスクールで学んだガラクタを思い返しても
 なぁんも思い浮かばんし 
 教育の欠如を ボクは 気にかけちゃいないよ
 だって 壁のポスターや落書きを読めるもんね
 人間はギターが弾けて 曲が創れれば
確かにそれでけで生きていけるという宣言は
どんな主義よりも人生訓よりも魅力的だった。
しかし ポール・サイモンのようにギターが弾けるようになる
その可能性を思うと 生来我が身に託つ手先の不器用さに
ただただ忸怩とするのでありました。
折角 小学3年生までピアノを習っていたのだから
中学でギターをマスターする事に邁進すべきだった
我が生涯の後悔と思い知るのであった。

『Kodachrome』の歌詞には コダック社のポスターの
ボディコピーをそのまま引用している部分がある。
1970年の曲だが まるでアンディ・ウォーホールの
『キャンベルスープ』を連想させる。
だからであろう この曲を聴く度に
ハンバーガーレストランをやっていた叔父がよく
我が家に贈ってくれたキャンベルスープの
野菜とマカロニが入ったコンソメスープや
コーンポタージュの味を同時に思い出す。

この曲でサイモンのギタープレイはイントロ部分に
彼らしさが炸裂するだけで あとは
ニューオリオンズで知り合った地元のジャズバンドの
メンバーとのセッションが強烈で 何度聴いても
素晴らしい!としかいいようがない。
特にピアノプレイは 尋常ではない。
ピアノは打楽器なのだ!しかも最も繊細な!

高校から大学に齢を重ねていくうちにクラッシクよりも
ジャズを聴く時間が増える一方で
私は『Kodachrome』を聴いては これが私のジャズ!と
心の中で叫びながら ポール・サイモンの声に
合わせて大声で歌いまくっていた。
今日だってこの曲を聴きながら掃除機のスイッチを入れれば
めんどうなだけで面白くもない家事を 
貴重なストレス発散ごとに変容してくれるもんね。

『Kodachrome』のピアノプレイを
永遠に聴いていたい衝動に駆られながら 
映画を支え 我々スーパーエイト出身の映画監督を
育ててくれた会社が 企業としての終焉を迎えた事実に
ささやかな哀惜の念を捧げたい。
ありがとう コダックフィルム!
まだなんとか私の8㎜映画は 私の本棚で静かに
眠っている。もう上映される機会などないだろうが
「時間に浸食されない物など無い」そんな台詞を
光学処理され 儚げに伴いながら ミイラのように
宇宙の塵となる日を待っているのだ。


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