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金曜放送分も土曜には動画アップしてね テレ朝さん [小説と映画]

いえなに 『やすらぎの郷』のことであります。
tVerへの動画アップが金曜日放映分が 月曜になるので。
実に 遮断感が半端無いので トホホホ。
こんなとこで注文つけても 意味無いのは承知なのですが。

 しかし
八千草薫さんの おでこ って 国宝クラスですね。
倉本聡さんは 彼女の「ねぇ~」の凄さを熱弁されていましたが
その八千草さんの「ねぇ~」炸裂の 素敵な喜劇が繰り広げられています。
加賀さんや浅丘さんが絡んでの 誰一人悪人と悪意の無い
寧ろ善意が空回りし 捩じれることによって引き起こされる
喜劇ってのは 観ていて やはり 気持ちいいですしね。
復讐劇のシンドイドラマは 若気の至りの世代向けなので
観ないことにしています。どうせ暇潰しなのだから
『やすらぎの郷』で ホッコリした方が いいですものね。
復讐劇のドラマってのは『リバース』ってやつです。
私が観ない方がいい映画と嘗てこのブログで書いた映画の
原作者の小説が原作です。半分観て 消しました。
ついでに 申し上げれば 火曜日夜10時のTBSドラマも
私なぞはターゲット外だと思いますので おそらく 観続けることは
無いと思います。監督が金子さんだってので初回は拝見しましたが
いやぁ 仕方ないっすよね。こんな話だし こんなもんでしかない。
冬彦さんになる東出青年の運命やいかに・・・って興味ないし。

ということで 『やすらぎの郷』が 妙にテレビに貢献したというより
日本映画史に関わる噂のようなことが 更に倉本さんの
想像力によってとんでもない噺へと変容する様は
決して 悪くない。 いや不遜な言い方ですな。
素晴らしいと 申し上げましょう。
テレビドラマ創世記?における小津安二郎と
マキノ雅弘に関する 伝説なんてのも 倉本先生が
書いてくださると もっと 痛快なんですけどね。

しかし 『リヴァース・ショット』という小説を書いた者として
復讐劇に『リバース』という題名が付けれらていると知ると
ちょっとむかつきます。 どうでもいいことですけれど。
ちなみに 私の『リヴァース・ショット』は 
復讐じゃございやせん。小津の切り返しショットのことです。

だいたい赤穂浪士だって討ち入り場面なんぞどうでもいい。
それよりも 内蔵助と内匠頭の葛藤を描いた小説を書きたいくらい。
内匠頭は吉良との付き合いは 二度目でした。
家督を継いだばかりのもっと若い時は 国家老の
大石頼母が江戸に出張って恙なく吉良の賄賂要求に従い
何も問題なかった。頼母の甥である内蔵助が あの節
どうして江戸に出張って滞りなく事に対処できなかったのか
面白いドラマはそっちにあると 私は思うのであります。
また 内匠頭が 江戸城中で刀を抜けばお家獲り潰しに
なることぐらい知らないわけもなく 幾らカッと来たからといって
脇差とはいえ刀の鞘をはらってしまったのだ。
武士(もののふ)の心得で
脇差なら喉か胸の急所を一気に刺すのが当然。
よりによって頭なんぞ狙うのは 龍馬を暗殺した
薩摩藩の示現流じゃなきゃやらないし それだって
飛びついて頭かちわる勢いの太刀筋じゃなきゃ致命傷にならない。

内匠頭は 武芸の鍛錬を嫌っていた。という事実もあるらしい。
内蔵助は それを危惧していた。武芸鍛錬によって上記
仕儀を上首尾にせよ というのではない。
武芸鍛錬によって 臍下丹田に力を込める訓練を日常に
積み重ねていないと いざという時に肚が座らない。
堪えるべき時に 心身喪失し 
キレたりしないために 藩主の義務として
内蔵助は 勧めていたはずなのだ。

 私が もう一つ 温めていた赤穂浪士物語は
四十七士が 切腹せず 一度 髪をおろし 得度出家し
全員 他藩に再就職を果たすというものである。
無論 そんな事実史実は無い。 しかし 其処から始まる
大石主税の別の名前の人生を書いてみたいと言う小説。
ある意味でのパラレルワールドを。
さてさて これも温めただけで終わるかな?
半島は爆発寸前だし 日本の火の御山様方々は
海の火の御山様まで 瞋恚を放出されるが如く。
さらに 共謀罪・・・治安維持法より性質が悪い。
これに徴兵制度と不敬罪が立法されると
あれよあれよと我が国は 戦前の世界に戻る。
今の内閣が それを目的にしているのは明らか。

しかし 今上陛下様は サッサと生前退位を御表明あそばした。
その御心を表明あそばした中に 何度も象徴天皇として
という言葉が繰り返され 
二度と現人神に祀り上げられてたまるか!
という大御心と私は お見受けする。

天皇家に見限られた とは 今の内閣は思いもよらないらしい。
その鈍感さだけで 図々しさだけで 国是を弄ぶ方々である。
石破さんとか 嘗ての自民党なら ちゃんと
バランスをとる為の存在として温存するのを
もののふの心得としていたけれど 今や冷遇する始末。

変人総理は 田中派を潰したが
結局 もっと性質の悪い宏池会派を産んだだけだった。
いや 昔の宏池会はもっと理知的だったはず。
日米開戦へと暴走させたニキサンスケの一人
あの 岸信介ですら・・・・。


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Googleよ!もしかして ひょっとして  [雑感]

君が B・フラーの『クリティカル・パス』を継承しているのか?

私は 君が無料で提供している
【デジタルワークショップ】でバッジ収集をしているのだが
この 動画を観ながら クイズのような問題を解き
納得できなければ 動画に付録されている テキスト情報で
好きなだけ復習し 時に飛ばし 時に後戻りする
この 学習スタイルって バックミンスター・フラー博士が
『クリティカルパス』で書いていたことじゃないか?
更に 【働き方改革】なんて動画も 無料で提供しているね。
在宅ワークへの手順なんかを テキパキと。
まぁ テキストなんだから 納得するまで繰り返し見ればいいわけだし
書き出して 検討すればいいことだ。

生きていく上で最大の時間とenergyの無駄遣いは
【通勤・通学時間】であると フラーは明言している。
まぁ なんでも修行と思い込める変人以外
あのラッシュアワーに人生の意味など見出しはしない。
個人的な意味においても大いなるエネルギーのロスでしかない。
多くの不健康は健全にみえる勤勉さに拠るというアイロニー
では すまされないはずなのだ。
が しかし 社会的な意味合いにおいても 
電気やガソリンなど意味の無い あの無駄遣いを
我々は あたりまえのことだとか ともすれば
働く美徳のためだとか 自分勝手な且つ 人類勝手な理屈で 
検めようとしない というのは 大問題なのである。
化石燃料は 人類のために存在してなどいない!
人類の存在を継続させてくれている 地球と言う星の
自転や公転に必要なエンジンオイルのようなものなのだ。
しかも 人類の浅智恵では とても扱いかねる原子力は
人類自滅のための一本道でしかなかった。
それは どっかの国の発狂した独裁者家族にとっての命綱でしかない?

 原子力と化石燃料でおカネ儲けをした人々は 
自分たちだけが生き延びられるように 
懸命に火星行きを考え たえば第二次朝鮮戦争から
始る第三次世界大戦へ雪崩れこませ
戦争で混乱した隙に 地球上の黄金をたっぷり掠め獲って
それを手土産に 火星への出戻りを準備中だそうだ。
ちなみに
HGウェルズの『火星人襲来』という小説は
我々人類の中には 
火星で戦争ばかりしていた存在が
地球に逃げてきて今の世界を創造するのに参加したという事を
暗示しているらしい。
そういえば ギリシャ神話の神々は 
さもありなんという戦争好きがいるいる。
まさに マースは軍神=火星の名前だものね。

Googleよ 君は 火星人の遺伝子を受け継ぐ種族じゃあないよね?

日月神示には 繰り返し 【与える政治】こそが 
弥勒世に向かう人間たちに必要不可欠になると 在る。
現在の数の多数決の理屈で選んだ政治家たちの無駄の多い政治では
弥勒世に向かう生き残りの路つまりcriticalpathなどないのだ と。
フラーは 議会制民主主義はいずれ消滅すると書いていた。
世界政府なる存在は 少数の科学者と発明家のボランティアで成り立ち
殆どの事は コンピューター(今風に言い換えれば 人工知能)と
彼ら世界政府の人々が 対話し解決策を市民に明示するだろう。
実際的な問題は 二足歩行に拘らないロボットたちが 殆どやり遂げる。
だから市民は 考える葦でありさえすれば 生活上の保障は
碌でもない贅沢以外なら 誰にでも 与えられるべきなのだ。

※ 【与える政治】についてのexampleとしてこのブログでは
   【20××年の召集令状】で紹介しています※

そうか アメリカ合衆国で フラーのクリティカルパスは
死滅させられては いなかったのだ・・・。
日月神示には この神示(ふで)外国の人の方が
早くわかることあるぞ というのも散見しますからね。
ハッキリ申し上げて 私は フラー博士に出会ってなかったら
日月神示を読んでも 理解できなかったかもしれない。
深く読もうなどと思い立ちもしなかっただろう。

オマケ 
4月12日のやすらぎの郷感想

『二丁目三番地』『三丁目四番地』の頃の倉本世界に
なってきていますねぇ~ 倉本さんってやっぱり
本当は コメディタッチの方が 本領発揮なんじゃないかな?
正直申し上げて 私は 『北の国から』って退屈だったんだ。
純が東京に出る時に 五郎さんがトラックの運転手に
手渡した新券の五千円札に泥がついているのを
泣けるとか名シーンだとかいうのが ちっとも理解できないのだ。
間抜けな五郎さんでしかないじゃないか 
あの時の純の号泣ってのは あああ 親父はなんて
間抜けなんだという恥ずかしさからか・・・
と訝るほど だった。
実際 子供たちにとって五郎さんは
間抜けで自分勝手な選択をしてくれた父親だと 
あの物語は終始してしまっていた
・・・ような気がしてならないのは 私だけだろうか?

 今は亡き天才・つかこうへいさんが 
『熱海殺人事件』をひっさげて紀伊国屋ホールに進出した時
ロビーで倉本さんがジーンズ柄のぽっくりさんのような
サンダル履いて煙草を喫っているのに出くわした。
一緒にいた 浅田君と 「ゲッ!北島三郎じゃん!」と
二人同時に声を上げた。
倉本さんは話していらした方に
そのサンダルを寺山修司さんに薦められたと説明していた。
過日 下北沢でスーツ姿の寺山さんと出くわした時
浅田君と私は 彼の足元を見た。そして叫んだ
「倉本聡と同じサンダルじゃん!」しかもスーツだったから
更にショックは大きかったのを 思い出す
「普段より高い目線で街を歩くと 発見があるんだ」
ばーい テラヤマシュウジ! 

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暫くは やすらぎの郷ウォッチングでしょうね [映画 ]


『逃げ恥』『カルテット』と半年間 TBSのテレビドラマが映画に越境する
その有り様を 堪能させて頂いて それぞれのロスに見舞われるかと
思っていたら 予想外のところから 奇妙な 古い 懐かしい
日向臭い 『やすらぎの郷』という 飽く迄テレビドラマの枠に
しがみ付く世界に 不意打ちを喰らうのであります。
もう この世界には 戻れない。 だが 懐かしいことは
味わいが 在る。 だけど このドラマが映画へと越境する事は無く
古い映画の名残だけが 残滓として目撃されるだけだ。
ボギーことハンフリー・ボガードの愛したカクテルを
カサブランカという名の ちと気恥ずかしい名前のバーで飲むとか
化け猫女優は 入江たか子さんのことだろうけれど
彼女は晩年に化け猫を演じたのでなく 
嘗て華族出身の御姫様だった人が 追い詰められて
仕方なく 化け猫映画で 商売に徹しただけのことは事実。
しかも 名匠溝口健二監督と 傑作『滝の白糸』以来の
仕事で ついつい東京下町育ちの監督らしく
怒りにまかせて発した「なんですか その芝居は 化け猫じゃないか」
というキツイ罵声が 飛び 入江さんがショックで降りる降りないの
事態になって 大騒ぎなんてことを このドラマを観て
思い出すアタクシみたいなのは この世にもうそうはいない。
但し 入江たか子さんが 黒澤明監督の『椿三十郎』で
とても優雅な そして機知に富み、且つ艶やかなお姿で
某藩の家老の奥方を演じているのも アタクシは思い起こすのである。

まぁ それはそれとして。

しかし 浅丘ルリ子さんが 石坂浩二さんの首っ玉に飛びつく姿を
ドラマの枠組みを飛び越して妙に グッと来た方々は多いだろう。
『二丁目三番地』という倉本作品でこの二人は本当に結婚しちゃったもんね。
♪過ぎた日の微笑をみんな君にあげる なんてドラマのテーマソングの
歌詞まで 石坂さんは書いてました。
アタクシタたちガキどもは ♪杉田玄白ごめんね 君に全部翻訳させといて
本を貸しただけの前野良沢 つう 歴史的にも不実な替え歌を
拵えていたものだった。
そして その横で 元恋人の加賀まり子さんが 複雑な笑顔を浮かべている・・・
反則技ですな。 スゲー反則技。いきなりドキュメンタリーだもんな。

 原節子さんを模したと思われる役柄で 八千草薫さんが美しく在られる。
ハッキリ言って 八千草さんがご出演してりゃあ アタクシなんざ
観るの。『小さなおかしの家』というTBSのドラマだって そうだった。
八千草さんがお目当てだった。そのドラマは意外な拾いモノでしたけどね。

この八千草薫さんのお若い時のスチールが映し出されると
この方は 未来からタイムスリップしてしまったのかしら? という
奇妙な感覚に 我々をそわそわさせられる。
時代を超越した美貌の持ち主であり続けている。
それでもって 声が 独特で 可愛い。いわゆる
そこいらにどこにでもある かわいい ではなく
可愛いのである。何処を捜しても早々見つからない可愛さである。

 遠藤周作さんが有牛麦子嬢なる女優に招かれ
「遠藤先生 アタクシ セックスピアーの何を演じたらよろいかしら?」
と訊ねられて 鼻の下を長くしている様子を
安岡章太郎さんと吉行淳之介さんが 其々面白おかしく書いてらした。
その有牛麦子嬢とは 有馬稲子さんですけどね
小津安二郎監督の『東京暮色』と『彼岸花』にご出演でしたが
とても セックスピアーなんぞと仰りそうな感じじゃあ無い。
だけど おそらく この二本の映画にご出演の頃に
遠藤周作さんや大江健三郎さんを 招いて ご相談されてたようですな。
その有馬さんも このドラマで相当何やら仕出かす気配でございます。

しかし倉本聡さんは 映画のシナリオ書くと駄目だったなぁ
どうしてもっとマキノ雅弘監督に食らいついて教えて貰わなかったなぁ
マキノ雅弘監督は 構成も台詞も シナリオライターと助監督を
宿屋に呼びつけ 三日三晩語りっぱなして 書き上げさせる
台詞の細かいとこは あんじょうよろしゆうたのんまっせ
とか何とか言って いざ 撮影現場になると
俳優女優とリハーサルしているうちにドンドン台詞を変える 
助監督は ハラハラする。監督にそれとなく
「つながりますか」と声をかける 「つながるようにしまっさぁ」
と言い放ち 本当にちゃんとつながって しかも
シナリオよりよくなって完成するのが 
マキノ雅弘式映画術。 ま こんな天才は 彼しかいませんが。
でも このマキノ雅弘式映画術の遺伝子は 今
もしかすると 土井・金子・坪井のTBSディレクターズトリオに受け継がれている
可能性があると 私は 睨んでいるのである。
そうだそうだ
「やすらぎの郷」の藤田明二監督も 勿論 ベテラン。
手堅いカット割り。観賞しやすい丁寧なトラベリングやティルトを
お遣いくださりお見事。素晴らしいッ!

 立木義浩センセーの加賀まり子さんの写真集ってのが 
撮る方も撮る方だし撮られる方も撮られる方ですよっ!というほど
素敵なのでありますが もう 国宝になってしまっているらしく
なかなかお目にかかれないのが 残念でございます。

※ なにやら ぐちゃぐちゃな文章を長々しく書いてしまいました
   すいません♪ 春だから 桜咲いているし 御赦しを。
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やすらぎの郷 ~tVerでやっててよかったぁ [映画 ]

倉本聡さんの企画・脚本テレ朝昼帯ドラマ!
石坂浩二さん主演で これから 加賀まり子さんと
浅丘ルリ子さんとも共演されるし 
なんと言っても ほぼ日で なぜか糸井さんが日曜日に
ほぼ番宣をしてらしたので ほほほぉ と思った。

 いきなり 近藤正臣さんと小松政夫さんだもの
石坂さんは相変わらずいい声だし。
煙草喫うシーンだって いいもんですよ。
そして 小料理屋 侘助の二階が
御徒町のとんかつや
蓬莱屋に似ているのも 演出家からして ベテランだねぇ
蓬莱屋の二階ってのが 小津映画っぽくって大好きだった。
まぁ それはそれとして 
確かに このターゲットセグメントは 成功するでしょう。
オンエア時間帯も 良い。今時の若い衆に
この豪華キャスティングの有難味なんて
わからないだろうしね。猫に小判だし 勿体ない。
それでも 中には このドラマが描く 虚ろなる 自分たちも
いつか必ず迎える老境の行く末に対して 覗き見してしまう若い衆も
ドンドン増えてくるのじゃないかしら?
かなり お伽噺設定だから 想定外の視聴者層の広がりも
無きにしも非ず。 公共放送の若い衆おもねりの朝連ドラが
余りにもつまらなさすぎるらしいのだが だいたいテレビを視聴したがらない
層に向けて 今更の若手女優起用にだけ重きを置いて
『逃げ恥』『カルテット』ほどの仕掛け満載の知能指数の高さも無い。
誰がそんなもの観るかね?ターゲットの設定自体できねぇんだ
あの公共放送局のプロデューサーは。
このドラマは 公共放送の最大の脅威になるでしょうね。
倉本さん!してやったりですなぁ 
で 今はキャスティングされていないショーケンもバッチリ
登場させちゃったりして下さると 尚一層 我々昭和30年代世代まで
このドラマから目が離せなくなる。
たとえばですよ
『相棒』の右京さんっぽい気障な美術デザイナー役の水谷豊さんに 
オカマっぽいヘアー&スタイリスト役のショーケンが 
アニィキーぃぃと絡む・・・・・・
なんていう顛倒したシーンなど想像するだに 奮い立つ。

ちなみに 『逃げ恥』のDVDは発売記録を早々に樹立している。
ドラマと映画の垣根が無くなった瞬間である。
後は利益分配の法的整備だけだ。まぁ 米国の『X‐File』を
基準値にするだろうけどね。 つまり スポンサーは
広告媒体を買うだけでなく
売れるドラマの投資も兼ねるという事態も テレビ局は
ビジネス構築できるということでもある。 
人材を大切にすることだ。若いから人材だかどうだか
解らないし 米国でMBA取得しているったって ターゲット設定すら
誤るんじゃ なんだね その資格ってのは・・・。

 このドラマも ひょっとすると
そういうビジネスをすることになるかもしれない。
繰り返し観ることが愉しいような サムシングエロスいや
something elseをどうやって 仕込めるかでしょう。
新しい顧客の創造とは 若年層を狙うことじゃない ってことを
テレビ局は 心せねばならないマーケティング環境を自覚し
質の高め方によって新しい市場を創造する可能性があることに
目覚めるべきだと 私は 思うのであった。


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生活のたのしみ展 [雑感]

株式会社ほぼ日さんの 六本木ヒルズにおける
生活のたのしみ展に 最終日 寒の戻りの雨降る日曜に
ちょいと 伺いました。
雨だし寒いし 3時近くでも 『カルテット』で
フードスタイリストを務められた飯島さんの定食や
カレーの学校の水野さんのカレーどちらかには 
間に合うだろうと 高を括って でかけた。
グッチとかボッテカベナタとか あっしには関わり合いの無い
ブランドショップが立ち並ぶ通りを抜けていくと
キャハハハと思わず声を立てた ほぼ日の出店たち!
なんだか おいおい学園祭のノリだぜぇえ と
妙なテンションの上がり方をして いきなり  
大橋歩さんのブースに並んで 小さな絵を観て 
更に美大の学園祭に行った記憶が蘇る。そして
画を描きたいなぁと 呟きつつ あれこれ眺める。

 六本木ヒルズに立ち並ぶ 横文字の店たちは
井上陽水さんの名曲『長い坂の絵のフレーム』の一節を
私に口づさむことを 余儀なくさせる
♪ 満ち足りた人々の思い上がりを眺めては
のところとか 
♪ 僕たちは生まれつき悩み上手にできている
   暗がりで映画まで涙ながらに眺めてる
♪ 訳もなく悲しみの人 意味も無く幸せな人
世界、空気感に満ちている。
その長いトンネルを抜けるとそこは 学園祭だったのだ。

うろうろしているうちに 生活のおたのしみ食堂を探す。
ほぼ日の人に訊く どこで食べられます?
ほぼ日の方 目を丸くして
「飯島さんの方も水野さんのカレーも完売です・・・」
あぁぁぁ 時すでにお寿司 いや遅し。

 大橋さんのブースというかお店出た時
パイプチェアーに座ったベレー帽のおじさんが居たが
そうか やっぱり糸井さんだったか。
まさか 背後から 挨拶できるほど親しくも無く
かといって そんな無礼は幾ら親しかったとしても
できるものではない。
なんせ 糸井さん サイン会してらしたらしい。

 アメ横に行くと今でもあんな感じで店が並ぶ。
 築地市場にも似たような活気が在る。

そんな活気を以て 市場、顧客の創造をされることを
願うばかりであります。 マーケットの創造より
マルシェを創っちゃいましたぁ の方が ほぼ日っぽいかも。

そして この世で初めて 市を立てる(マルシェを創った) 
ということを為さったのが
スサノオノミコト様であることを 記しておきましょう。
織田信長の楽市楽座なんざ その真似の真似の真似
ということを 歴史の教科書で教えましょうね。

 我が国の正しい歴史は 古事記を正しい流れに
戻すことからです。天祖は素戔嗚尊様ですから。
日本会議とやらの幕末維新の国家神道を
復活させる岩戸閉の者達など 何をかいわんやでござるよ。
世の人々よ くれぐれも お気を付けあそばせ。

というわけで 私は結局 
大門の国際貿易センター地下で
食後に煙草が喫える 札幌本舗にて
久しぶりにチャーハンと餃子を頂いて満足満足。
此処の餃子は 美味すぎた。餃子ライスでよかった。
といってチャーハンも 美味すぎた。
美味すぎるものが 重なるのも考え物だな。


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カルロスを愉しむべきかと。 [映画 ]

カルテット ロスを略して カルロス。
なんだかスペインの王様みたいだ。

しかし ドラマTBSは 復活したようですね。
土井・金子・坪井といったディレクター陣は
『JIN』を担った方々でもある。
一方で 日曜は勧善懲悪ということで
検事・クリュウコウヘイを 医者にして 懲悪を疾病に置き換え
やはり 浅野忠信さんの演技力でなんとかかんとか
視聴率を稼ぎ出したけれど 
『逃げ恥』から怒涛の『カルテット』で
映画とテレビドラマの垣根を取っ払い
繰り返しみたくなる 映像と音が織りなす感情教育が
ホームドラマを主旋律にしてこれからも奏でられていくことを
世間の片隅から 祈り願うばかりであります。

ところで 前回のスティックボムなるドミノゲームシーン。
あれはテスト本番テイクで 本当は すずめが
スマホで撮影するなんて なかったんじゃないかしらね?
松田&高橋両氏が 余りにもリラックスしていて
松&満島両氏は とりあえず やってみませう のノリで
あやうく 役名でなく 高橋さんとか松田さんとか叫んでいたような
いないような。あの手のモノを遣う時は
次のテイクの為に近場に7割程度組み立てたのを用意し
とりあえずは テスト本番を一番最初からするけれど
おそらく一発OK想定していなかったから
すずめとしてでなく 満島さんが スマホ持って
追っかけたようにしか見えなかった。
だが あっさり 一発OK。ミゾミゾするぅう と叫ばれてましたが
そう 確かに 或る意味 ワンシーンワンカットというか
長回し移動撮影で溝口健二・感ありです。 
そのスマホ撮影カットを ドラマ内で流石に編集しなかったけれど
ドラマ公式ツィッターで公開する。 
そうして 観衆は 双方向感を疑似的であれ体感しながら
感情教育の世界にどっぷり浸る 愉しみ方を切り拓かれてしまった。
これは 面白いことかもしれない。
映画が 別の段階へと足を踏み入れたかもしれない。
3Dとかコンピューターグラフィックなどの
文字通りのモノモノしさ ではなく 見ず知らずの人々が
一斉に想いを語り合い 感情を溢れさせてしまうのは
このドラマの登場人物たちと同じ感情を追体験してしまっている。
これを ただ 商売に遣う方々もおられるだろうが
これを もっと 崇高な世界へと導く手立てにできる人々いるはずだ。

リスが 小さいおにぎりを頬張るショットは 各自自己の記憶映像で
脳内再生するより他はかなったが ちょろりと アニメっぽいリスが
出てきたり このスタッフは サーヴィス精神が旺盛だ。

あのサイコパス娘が 「人生なんて ちょろい」と大笑いするショットを
多くの人が 嫌悪感より 寧ろ共感というか ホッとしたようだ。
なぜなら 彼女は 観衆としてカルッテトドーナツホールに
見惚れていたから。 
惜しむらくは 巻幹生と鏡子の親子が
絡み込めなかった。 それとて
このドラマにはまり 愛した人々は カルロスの中で
自分なりのバージョンを脳内に紡ぎだす喜びに出遭うだろう。
いっそ 公式ホームページに 様々な人々の
其の後のドーナッツホールのドラマのあらすじ投稿を暫く受け入れて
全てを公開しておくといい。 それが このチームを
更なるドラマを企てる素晴らしい 何かになるだろうから。

 劇中 カルテットドーナツホール宛の
手紙が のくた庵に届く。痛烈な批判である。
なぜ あなた達は 下手くそなのに 演奏者を続けるのか
その手紙の主と思わしき 野球帽を目深に被った
楽器を携えて客席から 観衆として見詰める女性が
台詞一つなく きちんと画面に登場していた。
あて推量でしかないけれど
あの手紙は ドラマのホームページのBBSに
書き込まれたりしていたものかもしれない。
そういう文面の手紙が TBSに届いていたのかも。
それほど このドラマに嵌り込んだ人が存在するかもしれない。
それを シナリオに活かしていたとしたら 途方もなく面白い。
と 私は思う。
あの役で椎名林檎さんが出てたら変でしょ。
彼女なら もっとカメオっぽく のくた庵の席で
ご飯食べてたりするんじゃないかね?
にしても 坂本美雨さんが 演歌歌手の母親役ってのも凄かった。
あの歌 彼女が作ってたりするのか という勘ぐりもしたが
ありえない。ありえない。
というか あの役で林檎さん出演してたら
どうなってたでしょうか? という想像するだけでミゾミゾする。


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前言撤回申し上げます・・・カルテットはあれでいいのだ [映画 ]

『カルテット』第九話をもう一度観なおしたら
キックパス気味では なかったです。
松たか子さんの 正体ばれた直後の動顛する様子を
観ていると 彼女が 前回で
「今 このまま 此処で死ねたら最高ってくらい
 この4人でいることが 愉しいです」 とか
幹生さんと逃避行すると主張した際にも
「いらない! こんな人間の人生なんていらない
だから 一緒に 逃げよう」と 叫んでもいたのを
思い出した。
なるほど。その伏線からすれば致し方ない。
ヤマモトアキコとしての人生を棄てたくなるほどに
しなくてはならないんだ。
松さんの動顛具合が 素晴らしかった。坪井ディレクターの
導き方も さぞかし 巧かったのだろうと思う。

スクェアダンスを踊っちゃあいられないわけだな。

さて。 宮藤官九郎さんが 取調室で両掌で顔を覆って啼く
シーンがある。号泣以外ありえない状況である。
申し分ないのだが  欲を言えば
あそこまでローアングルにしないで カメラ位置も
正面で 取調室の机がフレームの下 8分の1占める程度の
水平に近いローアングルだと
東京物語』のクライマックス 原節子さん演じる紀子が
笠智衆さん演じる舅から 「それでも あんたは ええ 人じゃよ」と
都合3発お見舞いされて泣き崩れるシーンのオマージュに
なることができたねぇ・・・

小津安二郎監督の最期の言葉は
「たとえ映画テレビに取って代わられたとしても
 結局 ホームドラマにつきる」
 である。
『逃げ恥』も如何にも当世のホームドラマであった。
『カルテット』も 風変わりな ホームを無くした者達が
かりそめに集うホームドラマであった。

そして テレビ草創期に 小津監督は
東京放送に出向いて スタッフを指導している。
更に 小津亡き後には マキノ雅弘監督が
現在のTBSである東京放送のドラマディレクターたちを
育成指導している。 
だからこそ ドラマのTBSであるべきなのだ。

【家庭の骸骨】をユーモアまじりに
サスペンスにしてみせた向田邦子さんの
ホームグラウンドは TBSであった。

 私のアイアンドエス時代の同僚 境治さんが Yahoo
『カルテット』を 咀嚼するドラマと 定義していた。
まさに そうであった。 反芻かもしれないな。
繰り返し観るに堪えうるドラマが創られ
それを愉しむ顧客が 生まれてくるというのは
糸井重里さんじゃないけれど ドラッカーの
企業使命とは 顧客の創造である に符合する。
つまり この独りごとは
上々の首尾を以て 締めくくることが できるのであった。

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おやおや・・・ためいきって感じ [映画 ]

ラグビーで自陣から敵のボールを奪って
大外駆けあがって スタンドオフにパスし
味方フォワードの駆け上がりを待って
敵のバックス振り切って またスタンドオフに戻って 
なぜかウィングにキックパスなんざして 結局
ノックオン。又は敵のラインアウトで流れが途切れる。

昨夜の『カルテット』の 私の感想でございます。
えぇぇとね ちょっと 振りすぎですね。
この回含めて2回ですよね。 盛りきれないっていうか
受け取れないっすよ。観ている方は。
素直に 近いところにパス繋いでフランカーにトライさせる
ぐらいじゃないとね。考えすぎだなぁ・・・
真紀ちゃんがアキコサンで 継父がやくざだかで
自転車事故死した演歌歌手の母親の補償金を支払わせて
しかも加害者中学二年生の男子の一家離散
・・・ちょっと勘弁してくださいよぉ。
たしかに 宮藤官九郎さん演じる幹生さんの後悔や
計り知れないっす。でもね 画になりきれないよね。
宮藤さんが立派な芝居をしても 。
それに コンビニ強盗初犯で自首して未だ収監中・・・なの?
しかも 富山県警が いきなり飛びつくかね?
14年前のヤマモトアキコなる女性の継父殺し容疑に。
ちょっと 裁判所の裁判記録の採取が不足していないかな?
などという ツッコミを書きたくなるほど
余計なキックパス気味と 私は感じちゃった。

一度 カルテットドーナツホールが崩壊し
再会の最終回というジェットコースターストーリィラインですが
ワンクール12回だったら 構成として在り得ると思うけれど
10回だからね。予め不足している2回分、
都合90分の上映時間というのは
嘗てプログラムピクチャーの上映時間に匹敵するわけです。
『勝手にしやがれ』や『はなればなれに』の物語を描ける時間。
溝口健二だと『祇園の姉妹』 『浪華悲歌』ですね。
ちょっと 勿体ない。 
私は クドカンさんがもう一度うっすらボンヤリと再登場して
迂闊にも 階段踏み外して あの世逝きなんてのが好みだけど。
しかし 
あの北軽井沢で 幹生が警官に自首しようとして
真紀の自動車から「ごめん 遅れちゃって」と声をかけられ
両手で 警官を制して 車に乗り込む仕草は 抜群だった。
宮藤さんじゃなきゃ あれはできないだろう。
フラダンス踊ってるようでないようで。
その次の回で すずめの満島ひかりさんが 夢の中で
別府さんとのデートで 遅れてきた彼を 慌てないでと
笑顔で迎える仕草に あの両手で制する仕草をしていたので
演出の坪井ディレクターが曲者なのか 
それとも 満島さんが そもそも曲者なのかと にやけてしまった。
彼女が ちゃんと宮藤さんのあの素晴らしい仕草を脇で観ていて
これは いけるぜ と思ったかもしれないと想像するからだ。
だとしたら 素敵な そしてガッツ極まる女優魂ですぞ。
坪井さんだとしたら そらねぇ 彼ぐらいの演出家は 見逃さないね。

ついでに。 あのサイコパス娘が自分で不思議の国のアリスちゃん
ってのには 観ている方も口をあんぐり でございました。
好演です。そしてキャスティングに脱帽です。
『逃げ恥』の脚本家が野木亜希子さん。つながりの
ノクターンのマダム役に 八木亜希子さん・・・でも
八木さん 立派な女優さんですね 最早。

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スクェアダンスの気配 [小説と映画]

昨夜の『カルテット』で宅建資格を活かして
すずめが北軽井沢の不動産屋に就活する。
ミッキーカーチスさん演ずるダンディーな社長の
眼鏡をずらす仕草を交えて御機嫌に踊る
すずめ役の満島ひかりさんを 移動撮影でとらえる。
『ララランド』ってアタクシ観てないけど こんな雰囲気?
ミゾミゾ=溝口健二如くクレーンで移動し撮影していた!
で 漸くアタクシも ミゾミゾ感を堪能させて頂いたのだった。

ほぼ確実なことは
満島ひかりさんにとっても
このドラマは彼女の代表作の一つになるはずだ。
ガムテープで口塞ぐのはきつかっただろう。
それを一気に剥すのは もっと辛い。
ベッドシーンよりも 女優にとってナンボか辛かろう。
だが それを耐えたご褒美に
この回では 御機嫌に歌って踊ったし あの不動産屋さんは
白雪姫の七人の小人的存在で ホークスっぽかった。

せいてい じゃなくて成程 
このドラマは四角関係だったのだ!
こっちで ゴダールの『はなればなれに』における
スクェアダンスを おやりになる・・・・かもね。
『逃げ恥』だとね ガッキーという
アンナ・カリーナによく似た女優さんで おやりにと
こちとら思いますがな。ただ 余りにも彼女の
エンドロールダンスが 素晴らしすぎたから。
と 又 アタクシは 一人 思い込みを激しくする。

 マスカーニのオペラのアリアが巻夫妻の出会い
別れを色どったわけだが そのオペラの
筋書きが 或る夫妻とそこへ割り込む男との
三角関係で 結末は 夫さんと割り込み君の
決闘によって夫さんが お亡くなりなるんだそうで
それを示唆しているのだという指摘が ある。
ところが あれれれ・・・ なんだなんだ
真紀さんってのが 謎が謎呼ぶ設定だったんだねぇ
なんだこの複雑さは! 漫画原作じゃないから
監督と脚本家の丁々発止がせめぎ合っていいじゃないか!
こうでなくっちゃね♡ 
アタクシの二つの小説はパラレルワールドの合わせ鏡だが
それを統合する役割をする存在がいる。
それは 異星人・・・・じゃなくて アルザル・シャンバラ人という
もう一つの地球人たちだったりするけど
まさかねぇ 早乙女真紀と名乗る女性が
パラレルワールドを統合するアルザル・シャンバラ人なんて
ことにはならないよねぇ 絶対に。
いきなりこんな変なことを書くかと言えば 私の小説で
アルザル・シャンバラ人は 五十嵐知日子という名前で 
両方の小説に出てくるのだが
昨日 千葉の両親宅から帰る地下鉄の中で
アタクシが小説に書いた五十嵐知日子が
ずーっとアタクシの前の席に座っていたので
寝不足気味のアタクシは 眩暈を覚えた。

まぁ 現実の頑なさに その硬さに ちょっと
やるせなさを覚えると それを 忘れさせる出来事が
表出したりするのも この世らしさである。私の人生には
よくあることなのだ。
そして 『カルテット』のようなドラマが放映されているのが
この時期に重なるってのも 
かなりシャレオツな宇宙の冗談である。


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Qudokartet クドカンルテット? [映画 ]

宮藤官九郎さんは やっぱり 無双だ。
好い役者だなぁ 先代の勘九郎さんよか
或る意味 巧いぐらいだ。
風貌が 得している。平熱37度2分らしい体つき。
あぁぁ この役者さんで
映画撮りてぇぇぇえ と 最早 見果ての夢を
観ながら 叫んじゃった。
サイコパス娘役の女優さんも 凄いけどね。
前回と今回担当の坪井ディレクターさんも
いいっすね。上手だ。立派だ。いいなぁ。 
『逃げ恥』のガッキーの電車の中での涙
交わらない視線の素晴らしさ と
別の 交わらない視線による
今度は 悲劇の方 残酷な方をおやりで。
なるほど 火曜の夜はTBSってか。
次のドラマ 大変ですね。2作連続で高水準ですぞ。
2クールに 薄めるわけにいかんしね。
でも そりはそりで やりようあるけど
まぁ オイラ 東京放送の社員じゃないから
んなことで 頭遣うのは よそう。

バスオールで 変質者ごっこね
みんな やるんだな。 オイラだけじゃねーんだ。
と 安心したが 私の恋人
あそこまで 喜ばなかったぞなもし。
そのシーンでの クドカンの照れ具合が
もしかして これは アドリブか?
と 思わせるほど 自然な演技でしたな。
松たか子さんも この受け方は 地か?
という感じで 失踪して窃盗犯になりさがった夫に
未だ 恋している ミステリアスな女性を軽やかに
演じられて よかった。 代表作は こっちになるね。
湊なんとかいう人の小説の映画化したのじゃない。
賞は獲ったけど 後味最悪だったもんね。
そんな作品に賞をやる審査員ってのは何者なんだろうか?
まぁ どうでもいいけれど。
どうでもいいけれど ノリで 以下 書きます。

 アリにもなれないキリギリスだけど
もう少し キリギリスでいよう
というわけで 一度 早乙女真紀に戻ったとしても
巻幹生は コンビニ強盗だが 自首し 初犯だ。
賠償金だけで収監すらされないで
「もう一度 やり直そう 真紀ちゃん」
という展開だってありうる。
私は どちらかというとそういうスジにしてしまう方だ。
流石に 幹生が 元の広告代理店に戻るのは
無理だが まぁ 猫をいたずらがきであれぐらい
描けるのだから フリーランスのプランナーぐらい
やっていけないこともなかろう。まだ40代なら。
但し 真紀も 演奏家として稼ぐ覚悟をしないとね。
本郷に棲むのも 暫し諦めれば 
この二人なら やっていけるだろう。
なぜなら
「あの人が一番好きな映画も この詩も 私はちっとも
面白くなかったし 判らなかったの。
でもね そこが とても愉しかった! 」
価値観の違いを愉しめる器は 妻が持っていてもいい。
いや寧ろ それぐらいありがたいことはない。

とはいえ そう言って鍋敷きにした詩集を
あの猫のいたずらがきと
共に暖炉の火にくべてしまったけれど
詩集なんざ又買えばいい。猫の絵など描き直せばいい。
それよりも大切なのは 
其処まで お互いに ベクトルは方向違いだが
愛している 誰よりも愛おしいのベクトルのエナジーは
同じなのだもの
から揚げにレモンじゃなくて 醤油かマヨネーズで
細かいところは 折り合いつけるのも愉しかろうから
よりを戻せば いいじゃないか。
ベクトルのエナジーの方が 方向よりも 大切だ。
愛とは エナジーなのであって 方向など
ビッグバーンが 一方向に向かっていないのだ
一致するわけがないじゃないか 
この三次元の宇宙において!

ひとりよりふたり というのは こういうことかと
妙に 昔むかしの丸井のどうでもいいコピー
思い出していた。
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