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夏の栞~50男の夏休みの読書感想文 [小説]

ある女性から 「こう暑くなると 『夏の栞』が読みたくなります」
彼女はボクより20歳以上若い。
「中野重治の死を悼む小説です」・・・と。

中野重治・・・この名前に纏わる 「東大新人会に繋がり
共産党の作家、プロレタリアート文学の作家」という文学史的な知識と
高校の授業の光景だった。
相沢先生・・・というお名前だったと思う。
大学院の博士課程で学びながら 高校で
現代国語の先生もしいてらした。かなり自由な授業で愉しかった。
若くて 我々と年齢もそう離れていない。
ディベートの仕方なんてのも この相沢先生がご指導くださった。
そして中野重治の名前は教科書に載っていた『踊る男』で知る。
話の筋は思い出せない。ただプラットホームが舞台の一幕劇のような
やるせない物語だったという印象と 物語の結末に
ある婦人の「あぁ この人 踊っている!」の一言で終わるのが
妙な切れ味として印象に残り、中野重治の名は記憶の片隅にへばりついた。
そして 三十年前の授業では たしか中野重治から志賀直哉の『正義派』へ移った。
おそらくボクが 志賀直哉の『正義派』はプロレタリアート文学の影響かなぁと
質問をしたからだろう。更に漱石の『抗夫』は プロレタリアート文学の中野などに影響を与えたのか・・・
そんな十代の光景が うだる暑さの中で蘇る。

 さて 『夏の栞』は 佐多稲子によって書かれた。
正直 佐多作品を読んだことがなかった。漠然と共産党系の女流作家として
理屈っぽいんだろうなぁと イメージしていた。
ところが 佐多稲子の作品は まるで 感情の流れ 思考の行き来が 志賀直哉だった。
直截・・・ちょくさい先生と小津安二郎が よく敬愛してやまない志賀直哉をそう呼んで
悦に入っていた。(小津の日記に志賀と会見した後によく目にする)
ズバリズバリと自分の卑小な部分を客観し 相手の何気ない言葉によって
その場に流れる空気の軽重の変化をまさしく「直裁に」重ね
中野重治という男の死が迫る緊迫感を読者に伝える。
ボクにとって中野重治がまるで 身近な人になってしまうように・・・。
そして 佐多稲子の経歴が 後半明らかになる。中野重治との出会いの回想から
中野重治によって彼女が『キャラメル工場から』を書くことになる事の次第。
嘗てボクが よく読んでいた向田邦子の世界が そこには在った。
向田邦子も 微妙な空気感を 実に直截な表現力で伝えきる名手だったが
おやおや その先駆者が存在していたのか!・・・と目を見張った。
ボクは全く佐多稲子について知らなかったからその経歴も 意外だった。
志賀直哉と共に、数少ない『漱石を踏襲しきった作家』の双璧の一人、
長谷川伸が 小学校2年で 学業を断たれ、幼くして地を這うように働き、
殆ど一人ぼっちで成長し 並外れた努力の末 40代半ばで作家として世に出る。
その過程は『市井の徒』に詳しいことは以前にも書いた。
長谷川伸より20歳ほど若い 佐多稲子は 小学校5年で親の都合で学業を断たれ
働きに出る。長谷川伸とは 別の意味で残酷だ。親が一緒にいたのだから・・・。
そして学業を断たれた10歳の少女が家計を助けるべくはじめて
勤めるのが製菓工場であったのだ。
その時の体験が処女作であり出世作である『キャラメル工場から』に詳しい。
キャラメルを包み箱につめる。その単純な作業を一日中
立ったまま行う。成績発表が毎日行われ 学校で優等生として
名前を呼ばれていた主人公(佐多稲子本人)は 落伍者として毎日
その名を辱められた。しかも 往復の電車賃を差し引くと赤字にすらなる不当な日当。
大正末期の東京で そんな過酷な幼年労働は珍しいことではなかった。
その光景と事実が ハードボイルド小説のようにしめった情緒を排して
いたいけない少女たちを 残酷なほど正確に描写する。

 短篇小説の名手といえば やはり「チェホフ」だと ボクは思う。
チェホフの『眠い』という 幼年労働のいたいけな姿と 恐ろしい結末を用意した傑作がある。
佐多作品には 『眠い』のような恐ろしい結末は無い。寧ろ 暗澹たる世界に
薄っすらと陽が差し込むように終わる。(実際は まさにこのキャラメル工場から彼女の
惨憺たる日日が始まるだけのことだった。支那そばやに住み込む連作『お目見得』がある)
佐多稲子がチェホフをよく読んでいたかどうかは 知らない。
佐多がたとえ忙しい仕事の合間にチェホフを読んでいたとしても 23歳で初めて書いた小説で
チェホフのように安定したロー・アングルで物語る描写力を真似できるとは思えない。
佐多稲子がどのようにしてストーリーテイリングを体得したのだろうか?
カフェの女給時代に 物語りの巧みさで 客の酔余に任せた猥雑な振る舞いを跳ね除けた
体験がモノを言っているのか?シエラザードの如く、または ドン・キホーテの延命手管の挙句に
獲得する物語上手のなせる技なのか・・・やはり 持って生まれた才能なのか。
あくまでボクの仮説だが お喋り下手は 「小説家には向かない」はずだ。
更に あくまでも ボクの仮説では 「優秀な小説家は 物語る際、読者にスクリーンを提供し 
その限定された空間と時間に読者を引き込む術を知り尽くしている」。
そして映画が アングル(観る角度と限られた矩形の平面上に占める
モノの量感、線の位置 色の配分)こそが 全てであるように
「優秀な小説家は 意識しようとしまいとアングルで物語る作業をきちんと文章だけでしてしまう」。

 中野重治が まだ 幾篇かの詩を発表したことがあるだけの佐多稲子に
同人誌『驢馬』へ キャラメル工場を書くよう彼女の2番目の夫だった窪川鶴次郎に勧めなかったら
佐多稲子は小説家になれただろうか・・・中野重治の慧眼に感服せざるをえない。
『夏の栞』は 恩人であり同志でもあり、夫の親友でもあった中野の死に際して 
懸命に背筋を伸ばして書かれた最初で最後のたった一通の恋文でもある。
(向田邦子のハードボイルド不倫小説?『あ・うん』はこの後継作品だといえまいか?)

佐多稲子氏25歳肖像.jpg
※佐多稲子氏25歳の肖像写真は 筑摩書房版『佐多稲子作品集・第1巻』に載っていた。
無断借用を承知で暫く載せておきたい。
作家としてデビューした気概よりも世界と人間を見据える覚悟が
妖艶なのにどこか10歳の少女のいたいけなさを残したままのような
美しい面立ちに際立っている。




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コメント 1

ぺんぺんぐさ

佐多稲子のことがよくわかつた

by ぺんぺんぐさ (2013-10-27 22:45) 

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