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栗庵流人・新帳~その84 [栗庵]

今日は天気予報によると東京
南風が吹いて暖かになると云っていたが
まぁさして気温も上がらず 相変わらず寒かった。
この地震ばかりの日々においていきなりの
気温上昇は却って不気味なので 天気予報の
大外れは 寧ろ幸いな感じもします。

寒い時 独居者は鍋をしかねる。
とはいえ 豚肉とほうれん草の常夜鍋は
準備も簡単だし 食べている間中 炊いている必要もない。
だが 幾ら常の夜に食べても飽きないと
白樺派のお坊ちゃんお嬢ちゃん育ちが名付けたとはいえ
独り者には 会話が無いから 飽きるがな。

かといってコンビニのおでんは ちと侘しい。
どうせなら自分で拵えた方が よいが
子供の頃 おでんは 屋台でおやつで食べた記憶が
妙に強烈で 長じて 名店に連れて行って頂いても
少し 愛想嗤いが引きつる始末。

私の父方の曾祖母が 孫の嫁である母に教えたというか
思い出噺としてした「大根と人参を炊いた」方が
その曾祖母についての想いが 偲ばれて
妙にごはんのおかずとして 私にっとては 飽かず美味い。

鍋に水をはり 昆布を入れ 後は大根と人参をざくざくと
切り、里芋もあれば 更によし。油揚げも適当に切って入れる。
曾祖母の時代なら火鉢にかけて放っておくが
今なら弱火で 30分も鍋に蓋して かけておく。
菜箸で里芋なり大根を突いてみて 煮え具合を確認し
抵抗なく中まで箸が通れば そろそろ 酒を入れ
火を強くし蓋をせず 酒を踊らせる。
アルコール分が跳んだ気配に火を弱め
味を確かめながら醤油の具合を決める。
そうして再び10分ぐらい蓋をして弱火にかければ出来上がり。

多少時間はかかる。だが 
次の日 残りの冷たいのをつまみ食いすると
しみじみとしてくるのは
伊勢商人の娘であった曾祖母が 父親の
米相場でのしくじりで 一家離散の憂き目に遭って
それでも90年生き抜いた女の一生が
なんとはなしに 曾孫の私には染入ってくる。
だから
どなた様にも同じ味わいが在るという食べ物の話ではない。

 曾祖母の旧姓が まさか伊勢の商人・小津ではないけれど
なんだっけかなと 思い出せない。
ただ 曾祖母の名前は「とわ」である。
永遠という字をあてることができる。明治維新から
さして間もない年に生まれた女子にしては洒落ている。

そして 小津安二郎監督が還暦記念映画として
制作を予定していた映画の名は
『大根と人参』で、 デビュー作以来の
時代劇であり 伊勢商人の話を企画していたそうである。


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