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映画『沈黙~サイレンス』感想 [映画 ]

ロドリゴ神父 アンドリュー・ガーフィルド
ガルペ神父 アダム・ドラヴァー (『スターウォーズ・フォースの覚醒でカイロ・レン役)
キチジロー 窪塚洋介
井上筑後守長崎奉行 イッセー尾形
モキチ 塚本晋也
イチゾウ 笈田ヨシ
フェレイラ神父 リーアム・ニーソン (『シンドラーのリスト』でシンドラー役)
撮影 ロドリゴ・プリエト 
以上 メインキャストと撮影監督。敬称略。以下も。

遠藤周作の『沈黙』を私が読んだのは高校生の頃だろう。
はっきり言って 神の沈黙 については判らなかった。
今でも『おバカさん』の方が 日本のカトリック作家として
宮澤賢治が法華経を消化し作品に昇華したように
遠藤周作は成し遂げていると思う。
あて推量でしかないが
イエズス会の背教者 棄教者が実在し 日本に帰化し
幕府の手先のような振る舞いすらして 日本で死んでいく。
その時代劇的な面白味を 遠藤さんは 持て余したかもしれない。
おそらく 司馬遼太郎や大仏次郎なら その部分をもっと
資料を揃えて紙幅を増やしたことだろう。
彼らは 時代小説作家であり 遠藤さんは やはりカトリック作家なのだ。

そしてスコセッシは 汎神論へころんだ彼らを 突き離して
ちょうど良い距離感で 描いていると この映画を観て感じた。
『エセー』でも有名なキリスト教に芽生えた 汎神論
レーモン・スボーンのような事を丁度この小説が舞台になった
時代に論議していたことを 書き添えておきたい。
因みにモンテーニュはカトリックであり スボーンを擁護しきれなかった。
後年 彼の母親がプロテスタントに改宗しショックを受けつつ
カトリーヌ・メディチからアンリ四世の下で宰相就任を要請されたが
ナントの勅令による 寛容の徳を 勧めるだけに終わった。
西欧においても キリスト教は 大きな岐路に立っていた時代である。

 原作の 神よ どうして海はこんなにも碧いのですか
という一節は 映像としてスコセッシはカットしている。
台詞も無い。ただエンドタイトルロールに波の音を響かせている。
やはり只者ではないのだ。この映画監督は!

神の沈黙 ではなく 神父たちの沈黙が 重く我々の胸に迫る。
こういう解釈でも 私は 素晴らしいとつくづく思う。
上記メインキャストは日米共に見事な演技をしている。
原作を超えている。ハリウッド映画は 良い顔を選ぶものだ。
窪塚洋介が 褌一丁でヒョイヒョイと踏み絵に足を乗せては
獄中のロドリゴ神父 告解を聞いてくださいと叫ぶシーンがある。
ザンバラ髪の髭茫々 痩せこけた細い体を猫背にして
うろうろし 何度も踏み絵に足を乗せる姿を観て
福音書の一節を思い出し 唸った。
ルカ伝かマタイ伝だったか・・・ゲッセネマの園から不意に
半裸の男がこそこそと逃げ出す姿を唐突に描写している部分があり
私が脳内で勝手に描いていたその姿と一致していたからだ。
後年 その逃げ出した男こそが 本当のナザレ・イエスであり
磔刑に処されるイエスは 彼のナザレ・イエスのエーテル体だった
という説を シュタイナーだかが解説している文章を読んだ。
まさか この映画で日本人の俳優が
その姿を演じているのを目にするとは!

 撮影監督のプリエトは暗闇を撮るのが巧みだ。
そして全体を覆う絶望感を 見事に 画に ショットにしている。
この映像だけでも 観る事をお薦めしたくなる。

スコセッシは キチジローの弱さをイスカリオテのユダに擬える。
遠藤周作は それを自分自身として描きたがる。
太宰治の露悪趣味は 趣味嗜好でしかないけれど。

 イッセー尾形は 不気味な長崎奉行を飄々と演じて
残酷な仕打ちをしてみせる姿に ゾッとする人も多いだろう。
だが この小説をもし司馬遼太郎が書いていたら必ず一章分は
書いたであろう一向一揆について 日本の観客は
補足しておくべきだろうと思う。
ただし ロドリゴとガルペが日本に上陸して直ぐ
女性の信徒から 「死んだら パライソに行けますね」という質問に
二人の神父は 一度はそれを否定し正しく教えを授けようとするが
結局 止めてしまう。
一向一揆の衆も又 死んだら極楽浄土を確約されていた。
現在のカルト宗教も聖戦と死後の極楽ご利益を説く。
カトリックに そんな教えはないだろうし イスラム教にも
ましてや 殺生を最大の悪行と戒める仏教にありえないのだが
仏陀でなく ブタが憑依した鸚鵡に騙された理知的な若者たちが
似たようなご利益に魅せられていた。米国では ご案内の通りである。

ただ 拷問のシーンを 『ディア・ハンター』で見知った
ベトコン、アジア人の残虐性と同じものとして
欧米で受け取られる危惧は 若干覚える。
戦国大名たちが 長い年月
狂信的な一向宗の一揆に怯え続け
更に 豊臣家再興を目論む者が紛れ込んで 強大な
一揆となった島原の乱に手こずった体験を経て
イッセー尾形演じる 長崎奉行が 凄惨な仕打ちを
キリシタンに示すことを せめて 我々は予め弁えておきたいものだ。
そして イッセー尾形は その意を汲んでか
飄々と 小さな意地悪爺が 時折 慈悲深く見せる姿を
見事に そして 奥行深く演じていると 私は思った。

美しい女性は出てこないが 余りにも大物俳優たちが
米国サイドのキャストにならぶので 見応えがあることは
確かである。
モキチ役の塚本晋也監督は 素晴らしかった。

 巻真紀の夫を演じている脚本家・宮藤官九郎氏の
 期待を上回る名優ぶりについては 次回に。
 しかし 失踪当夜につけたテレビ画面に
 カピバラが映っていたのは 偶然だろうか?
 それとも ちゃんと 『逃げ恥』への挨拶だろうか?


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