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前言撤回申し上げます・・・カルテットはあれでいいのだ [映画 ]

『カルテット』第九話をもう一度観なおしたら
キックパス気味では なかったです。
松たか子さんの 正体ばれた直後の動顛する様子を
観ていると 彼女が 前回で
「今 このまま 此処で死ねたら最高ってくらい
 この4人でいることが 愉しいです」 とか
幹生さんと逃避行すると主張した際にも
「いらない! こんな人間の人生なんていらない
だから 一緒に 逃げよう」と 叫んでもいたのを
思い出した。
なるほど。その伏線からすれば致し方ない。
ヤマモトアキコとしての人生を棄てたくなるほどに
しなくてはならないんだ。
松さんの動顛具合が 素晴らしかった。坪井ディレクターの
導き方も さぞかし 巧かったのだろうと思う。

スクェアダンスを踊っちゃあいられないわけだな。

さて。 宮藤官九郎さんが 取調室で両掌で顔を覆って啼く
シーンがある。号泣以外ありえない状況である。
申し分ないのだが  欲を言えば
あそこまでローアングルにしないで カメラ位置も
正面で 取調室の机がフレームの下 8分の1占める程度の
水平に近いローアングルだと
東京物語』のクライマックス 原節子さん演じる紀子が
笠智衆さん演じる舅から 「それでも あんたは ええ 人じゃよ」と
都合3発お見舞いされて泣き崩れるシーンのオマージュに
なることができたねぇ・・・

小津安二郎監督の最期の言葉は
「たとえ映画テレビに取って代わられたとしても
 結局 ホームドラマにつきる」
 である。
『逃げ恥』も如何にも当世のホームドラマであった。
『カルテット』も 風変わりな ホームを無くした者達が
かりそめに集うホームドラマであった。

そして テレビ草創期に 小津監督は
東京放送に出向いて スタッフを指導している。
更に 小津亡き後には マキノ雅弘監督が
現在のTBSである東京放送のドラマディレクターたちを
育成指導している。 
だからこそ ドラマのTBSであるべきなのだ。

【家庭の骸骨】をユーモアまじりに
サスペンスにしてみせた向田邦子さんの
ホームグラウンドは TBSであった。

 私のアイアンドエス時代の同僚 境治さんが Yahoo
『カルテット』を 咀嚼するドラマと 定義していた。
まさに そうであった。 反芻かもしれないな。
繰り返し観るに堪えうるドラマが創られ
それを愉しむ顧客が 生まれてくるというのは
糸井重里さんじゃないけれど ドラッカーの
企業使命とは 顧客の創造である に符合する。
つまり この独りごとは
上々の首尾を以て 締めくくることが できるのであった。

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