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諦めと言う名の鎖を 身をよじってほどいていく [小説]

中島みゆきさんの『ファイト!』の小魚たちの闘争を詠う
一節をタイトルにしてみました。
人生とは そういうものですね。 いやはや全く。

 ところで コンピューターチップ、電子集積回路のノーベル賞受賞って
どうしてあんなに遅くなったんでしょうね。 
一説によると 実はあれは日本人エンジニアが作ったとか
いや ロズウェル事件でUFOから得たものだったから
遅れたんだとかね。断片を総合すると ロズウェル事件の
半年ばかり前に起きた北極圏飛行を試みたバード中将が
垣間見た 地球の亜空間、釈尊に言う「シャンバラ」 旧約聖書外典で
言う「アルザル」 すなわち 失われた十部族の末裔たちの
世界からやってきた テクノロジーだったわけですな。
ロズウェル事件の時UFOの乗務員が日本人にしか見えなかったので
まぁ 日本人エンジニア発明説が 流布したのかもしれない。
そしてバード中将は後年 「UFOのことなら 日本人に訊け」と応えたそうです。

さらに なぜバックミンスター・フラー博士が 1960年代に 50年後の
未来を あそこまで楽観していたのか その謎も ロズウェル事件で 解決です。
ロックフェラーの総帥の愛人と噂れていた女流作家が1957年に発表した
嵐が丘』のアメリカ版でしかない『肩をすくめるアトラス』は90% 退屈な
恋愛投資法抜け道解説のくっだらない長すぎる小説ですが
最後の最後になって いきなり【フリーエネルギー発電システム】が出てきて
いっそ価値を高めるのであります。さすがロックフェラー氏の愛人!
ところがその後 やっぱ原発のが当分儲かるから ジェネラルエレクトリック社の
大株主は 愛人に小説でリークさせた上記 アルザル・シャンバラテクノロジーの
恩恵を人類にもたらすの止めました。 ところが 5年前の日本の大地震と大津波の後
ロックフェラー一族は 原発ビジネスから 手を引きました。
遅いんだよ・・・・。 遅すぎるよ。

フリーエネルギー発電と同じ回路を使って UFOのように重力の斥力と引力を自在に操る
エンジンシステムも同時開発できます。 勿論全自動運転ですし 自家用という発想を
無くさないとなりませんけどね。東京大阪間を10分掛からずに移動できる
自家用車なんて必要ないもの。

そらぁ フラー博士が 人類は食い扶持のために働くという言葉を死語にして
宇宙の片隅における考える葦として 単なる 造化の妙放出器官でなく
想念の力を大切に使用し 造化の妙と共に 創造の喜びを分かち合う文明に
絵空事でなく 2000年までに辿り着けると思われるのも無理なき事。
地球の歳差運動に対応可能な空中都市を創る文明は 
現実的になっていたでしょうね。
私が夢で数度訪ねたパラレルワールドでは 明らかに実現してました。
そうか だから私は天命庵だし 日月神示だわ
日ユ同祖論なんだわ と 今更になって納得する。
日ユ同祖論の肝要は アルザルシャンバラですよ。

アルザルシャンバラテクノロジーを軍事利用にだけ制限し
地球の歳差運動に適応できる 人類の想念の文明実現を
阻止するのは 誰だろう?

その答は もう 此処に書かなくても お分かりでしょう?
ヒントは 【トルーマン大統領の退任演説】 
ケネディ大統領の一代前の大統領です。

闘う君の歌を 闘わない奴等は嗤うだろう
ファイト!
冷たい水の中をふるえながら上って行け
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量子コンピューターのプログラミング言語 [小説]

量子コンピューターは 未だプログラミング言語も決まってはいない。
だったら いっそのこと 日本の神代言語だと言われている
『カタカムナ』にしてしまうのは どうだろう?
という 暇人な 妄想を ちょっとだけ 綴っておこう。

越智啓子さんの『言葉のチカラ』という本で 私は知ったのだが
そのカタカムナは 文字としては 余りにも曖昧で
意味内容を 伝えるには ベクトルのエナジーでしかない。
この曖昧ながら エナジーに関わる言語体系である部分が
一層 量子的な振る舞いに相応しいといえるのである。
量子そのものをモノとして我々が取り扱おうとしたら
その際には 取扱いする人間側の脳波が 関与してしまい
その観察記録すら 曖昧で 捉えがたい事態を体験するだけだそうだ。
ならば カタカムナが 脳波などお構いなく エナジーとしての
言語体系を 介在しうるのではあるまいか

なんてことを IBMの量子コンピュータークラウドに投稿して御覧なさい
無視されるだけだ。 だけど IBMのクラウドスパコンは こんな
愚か者のアイデアでも 必要なのかもしれない。
なぜなら AIの知能指数を高くするには 愚かさの例もたっぷり
蓄積させた方が 効率よく 是々非々の判断能力を磨くことになるからだ。

さて。
保江邦夫さんの素領域と素粒子、其処に現れる三次元に
空間を成立させるのは 【造化の妙】と呼ばれるべき 言語体系の流れだろう。
空間を形而上学的な実在、それを【愛】とか【情、又は情理】といった
目には見えない存在によって成立が描写できるという理論は素晴らしい。
湯川秀樹博士だけでなく岡潔博士も数学的な視座から空間を
そのように定義しようとされていたし。
だが 手前味噌でしかないけれど 愛とか情 情緒だけじゃ説明がつかない
気がしている。 それは5次元存在から3次元存在になる必要は
幾ら目に見えない存在であっても 3次元において機能するからには
3次元的な側面を纏う必要があるのではないかな? と。
だから 岡潔博士は 情緒とか愛の後に 「流れ」と補足している。
バックミンスター・フラー博士は 「ナーガ」という存在が
3次元物質現象の基本システム正四面体=テトラ
繋ぎ素粒子を形成していくという解説に在るから・・・。
つまり フラー博士は同時代に日本の偉大な物理学者と数学者が
素領域を以て空間を定義しているとき シンクロニティよろしく
米国の同時代人である発明家
(フラーは数学や物理も自分流に発明しなおしている!)が
『テトラスクロール』に著している。
しかもはっきりと ・・・日本語ではナーガのことを 
ナガラと発音している。
と 『テトラスクロール』には書いてある。 ええ 流れのことです。
そしてそれは 言語体系という モノリスというか プログラミングというか
つまり 宇宙の意志を顕す 意味内容・・・言葉を言葉たらせる意志です。
その意図するように 素領域は繋がり その意図をするエナジーに
素粒子は引き寄せられ 物質化していく。
そして 5次元存在たる 造化の妙なる流れ 造化の妙が
人間のチャクラを通して 3次元宇宙を宇宙たらしめている・・・という
描写が 可能なのだろうと 私は思っておるのです。
つまり人間は 無駄には存在していない。ただ 余りにも
自分の想念を 情念や憎悪や欲望に無駄遣いして
本来の存在理由を 果たす為に 駆使していないのでしょう。
つまり あの太陽が太陽として輝き あの月が煌々たるのも
実は 誰しもが無意識領域でしているチャクラからの
造化の妙放出によって在り得るのだと。
その器官として 造化の妙放出器官故に
この3次元宇宙に我々は存在をかろうじて許されている。
早く 宇宙の片隅の一問題解決者としての人生を誰しもが
全うする文明になって頂きたいものです。

 脳みそ一割しか使わずに死ぬなんて
それは造化の妙放出器官の役割だけに使っただけで
残りは我利我利亡者しても脳細胞を使ったことにならんのか?
それとも無意識で行う造化の妙放出器官として働いたのは
綺麗なまま残る9割ということなのかもしれません。
1割使い倒して人生ナントカ・・・世界一の富豪だったりして。

 神道では 鏡を御神体にしている。
それは 鏡に拝する者が映る時
『かがみ から が を取れば かみ』 そう あんたが神さんだよ
という判り易い教義。
ありがたいのです。 我を取ればいい。 
我善しになりすぎないよう心を洗濯せよと
日月神示で繰り返されるのも 神道らしさです。

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日本のマスコミって何なのだろう? [小説]

いえ何 あのSTAP細胞がハイデルベルグ大学
ガン細胞を酸性状態に晒した時に 万能細胞になる可能性を
実験で確認したりしているわけです。
その記事を書いたの日本人の記者さんですけど
いわゆるマスコミ大手の人じゃない。ネットで読みました。
いやはや 理研も早稲田大学もマスコミ報道に振り回せれて
愚かな事をしたものです。
論文に引用文が無いなんてありえないけど コピペとか言って
自分たちだってたかが文系の卒論にいろんな引用しまくっただろうに
理系の論文は引用したら罪のような莫迦な書きっぷりをしていた。
こんな知能指数の低い輩が 日本のマスコミの正体だとは
雪印の一件の時に気が付いていましたけれど
惜しいねぇ 日本からもう一つ有力な万能再生細胞が
誕生しえたのに。 もう手遅れだ。ご愁傷様。
にしてもわが母校は やっぱりバカダ大学だったのだ!

 マスコミとは関係ないけれど
ドラッカーが古いなんて言うマーケッターが多いそうです。
こういうことを口にする輩は 全く数学的思考ができない
横のモノを縦にする翻訳業者に過ぎないということです。
なぜなら ロケット飛ばすのに ニュートンの万有引力は古い
アインシュタインの一般相対性理論だけで大丈夫!
何て事は 理系の人は一切思いもしない。数学的思考能力の無い人は
平気でそんな事を口にするものです。
ドラッカーの提示した「マネージメント」は
数学や物理で言う 定理や法則です。勿論 大がかりな
意識調査をして人々の購買行動における感情の動きを
絶えずフィールドワークする必要は ありますけれど。

 アーチャーの矢嶋さんが仰っていた 原理・原則というものが
マーケティングには 確かに存在するものだし
今は亡き矢嶋社長が仰っていた原理・原則は 概ねドラッカーの
それでした。オグルビーよりもドラッカーの原理原則の方が
フィールドワーク(調査)による時代の移り変わりに普遍性が高いのは
やはりオグルビーは 広告表現に絞った原理原則を言っていたからかもしれない。
因みに ドラッカーは本当に良い商品は 販促を必要としないとまで言っていたから
今は 本当に良い商品なんてのは 無きに等しい世界なのかもしれない。

さぁ 数学的思考とか書いたので 横滑りしますね。
 
 ヴォネガットは知能指数が高かったので物理が 得意だったそうだ。
数学も良かった。化学は苦手だった。だが兄のバーナードが化学者だったので
強引にコーネル大学で化学を専攻させられる。お蔭で学生新聞に熱中して
退学するはめになる。だが その知能指数の高さによって父親の指示に従っていれば 
徴兵されても陸軍の戦略立案部署に配属されていたかもしれない。
そうなると サリンジャーと席を並べて暗号文解読なんてのをしていたかも。
なるほど だから 神は ヴォネガットに歩兵部隊へ敢えて志願させたのだ。
サリンジャーは二人要らないからね。 人生とはそういうものだ。
サリンジャーじゃドレスデンの空襲に耐えられるガッツも無いし
それを『スローターハウス5』のような宇宙人介在の噺に仕立てる
親切さも生まれつき持ち合わせてはいなかっただろうから。

 因みに 夏目漱石は 大学予備門時代 周囲から「金ちゃんは物理だろう」と
言われていたそうだ。後年ロンドンで引篭もり生活をしていた際 下宿で
化学者の池田菊苗博士と意気投合した際、「進路を間違えました」と
珍しく泣き言を言ったそうだ。しかし菊苗博士は「でもね 夏目さん
文學が一体 人々のために何の役に立つのか なんてことを
わざわざ英国まで来て単独で考え詰めているなんてのは 科学者と同じだ」
とかなんとか励まされて ビスケットを齧りながら『文学論』の草稿を書いたのだった。
人生とは そういうものだ。

あまりにも 風薫る五月という紋切り型の形容が 美しく響く気がしたので
ついつい書いてしまいました。 薫が如き風に吹かれて歩いていると
上記のようなことを つらつらと想いして。 悪しからず。

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and So it goes [小説]

そろそろこのブログもお開きだなと思っております。
10年やって全くライスワーク計画は実りませんでしたしね。

『 and So it goes 人生とは そんなものだ』
ヴォネガットの伝記です。2007年4月13日にあの世に旅立った
偉大なる作家の 伝記は大層部厚く 読み応えありです。
作家とは複雑でいい加減で それでも 
いや それゆえにこそ あんな見事な小説を書いた。
感想は それで充分です。
いや もっと書こうと思っていたのですが
いきなり パソコンの具合が先週の金曜日夕方からおかしくなって
変だなぁと わさわさ胸騒ぎがしていたら 午後9時前
下からズッシンと東京は揺れました。 あぁぁぁ 来たかと思ったほど
だが 気象庁発表の震度は1でした。訝っていたら 
熊本でした。
とても ヴォネガットについて書く余裕などございません。

 2年前だったか 淡路島に震度6強の地震が在った時も
4月だったような気がする。あれで もう大きな地震は暫く無いとも思っていたけど
魚谷佳代さんという方が書かれた本によると 『艮の金神様お出まし 世の立て直しの
合図』だったそうですが  いやはや 日月神示は かなり計画どおりかもしれません。

熊本の皆様へ 心からお祈り致します。 HINAMI映画革命の黒川さん始め皆様の
ご無事をただ 日日 お祈りしております。 

追記

昨日 図書館から対面のコンビニ駐車スペースにある喫煙所で一服と
思って信号を渡っていたら 素敵な色合いのカブトムシ?を運転する
金髪の方が左折をして停車された。外国の人だろうと思って何気なく運転席へ
目をやると なんと 美輪明宏さんでした。
徐行して本門寺さんへ向かう細道を走らせていらした。
 美輪さんの自動車の前には 御婆さんがゆっくり歩いてました。
美輪さんもクラクションなど鳴らさず 後続車も美輪さんに従がってか
停車寸前のような徐行をしていたのが なんだか 心温まる光景でした。
美輪さんとご縁深き本門寺さんと実相寺さんへ向かわれたようでした。
日蓮宗は これから 立教記念の千部会ですね。

 加藤清正公は 日蓮宗を篤く信仰されてましたね。
 南無妙法蓮華経
 日蓮御聖人曰く 妙とは 開くことなり。
 蓮華の法則を開く教えなりと。





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或るサゼスションについて [小説]

ペットボトルを食べて二酸化炭素と水に分解する
そんな細菌、微生物も存在するそうです。
細菌、微生物との共存は 此処に載せた私の小説
『20××年の召集令状』や『自由を人類等(ヤツラ)に!』にも
書いた通り デザインサイエンス革命は 進んでおります。
弥栄せんことを!

 ところで ミランの本田選手は凄いなぁ。
数か月前 放出候補なんて言われていたのが
ウソのようです。
彼はピンチを敢えて自ら更にほじくるような発言をして
招き 其処から 這い上がるのは オランダ以来二度目です。
どんなメンタリティーの持ち主なのだろうか?
ひょっとして 天命庵のおしえ 現れ出ること全て喜び
神は示し申されて 神。なんてことをよくよくご存知なのかもしれません。
優しい光さんのブログもチェックされているのかも♪

そして。
いよいよ『わたしを離さないで』が佳境ですね。
原作読んでないので判らないのですが 森下佳子さん脚本は
結構 原作を超えるからねぇ・・・
男の主人公に提供者仲間が
「こんどの介護人 美人でおっぱい大きいぞぉ」なんてのは原作に無いはず。
あれは演出家の趣味かもしれないけど。陽光学苑の女性校長自身が
クローン人間だったというのは ブレードランナーよりで予測してましたが
あれは原作通りでしょう。 三角関係も 先週の「わたしを離さないで」という
叫び声で かなりこの物語における 身を斬るようなせつなさを
三角関係で見事に表していてお見事です。 厭な女を演じ切った水川あさみさんも
あのシーンで 好演の果実を獲得しました。
それにしても 綾瀬はるかさんは この複雑で怪奇な物語世界で
美しさを増したようです。不思議なことですが ある意味汚れ役ともいえるのに
保科恭子を彼女は演じて やはり 正解であり 幸運であったと思います。

 身を斬られるような どころでなく 切刻まれる宿命を人間が人間に勝手に
賦与してしまう異常な世界が この世に現実になっていなくとも
私は 危うさを拭いきれない。物語のせつなさだけで終わらない。
self‐sacrificeつまりSS型クローン人間を 作りかねないのが人間なのですから。
自己犠牲するためだけのクローン、たとえば皆さんの大好きな鉄腕アトム、
あれは そのためのロボットだったということを 見落としがちです。
アトムの最終回を私は未だに 恨んでいます。私にとって手塚治虫が
神でなくなった瞬間でした。
SS型クローン人間は 兵士になるでしょう。聖職者にはならんのですよ。
そして溶解した原子炉を廃する作業員になるでしょう。
徹夜専門の看護師になるでしょう。
遺伝子操作でなく 脳にロボトミー装置を埋め込むかもしれない。
なぜなら 自己犠牲の崇高な精神の持ち主の遺伝子なんて
何処に在るのですか? 
洗脳されやすく マゾッ気の強い 奴隷根性たっぷりの遺伝子なら
いたる所に在りますけれど それを掛け合わし 
純粋な被・洗脳体質&マゾヒスト奴隷根性遺伝子を持ったクローン人間を製造する
時間や手間を 我々人間が厭い もっと手っ取り早い
脳ロボトミーをする方が 想像し易くないでしょうか?
自己犠牲型 をSSと表記するとき ナチスが使用した洗脳麻薬なんてのも
遣うかもしれないと 連想してしまうのは 果たして幻想なのでしょうかね?
それとも 示唆 サゼスションなのでしょうか?


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下町ロケットとおかしの家 [小説]

どちらもTBSのドラマです。下町は勧善懲悪、水戸黄門路線踏襲型。
視聴率は やはり とれる。日本人は勧善懲悪が大好きなのだ。
いや 世界中そうかもしれない。
鬼鉄則を護れば視聴率は見込める。
一方 おかしの家は 料簡の至って狭い 切ない
駄菓子屋を舞台にしたホームドラマ。
小津安二郎監督がテレビの出現に際して
『やっぱり ホームドラマで正解だったのだ』と遺言しているから
向田邦子のような俊才が 出てきている。
その 料簡は狭いけれど
人間の痛気持ちよさへの共鳴、
そう ルイ・フェルディナンド・セリーヌが
『夜の果ての旅』で 人間が飽くなき求めてしまうものは
【身を切るようなせつなさ】と明言している あれである。

ドラマなど真面目に語る方が 至って料簡が狭い種族だろう。
と 自覚しながらわたくし 書いております。あしからず。

 『ジャージーボーイズ』、イーストウッド映画のような
男気イコール ハードボイルドストーリィを
歌手でやってしまう芸当が
日本映画に無いのが やるせない だけのことです。
それゆに 敢えて「料簡が狭い」などと不穏当な言葉を遣うのです。

ところで。『下町ロケット』がバックミンスター・フラー博士の
技術こそが、テクノロジーこそが
人類の心=マインドである世界を
描いていたことに 敬意を表したいと思う。
更に Mindも大切なのだが
人は ハートを持って生まれてきたか否かでもある。
その領域にシナリオ踏み込んでいた為に懲悪シーンが
大幅にカットされたのは 致し方ない。
一方的な悪などこの世にいないというのも正しい。
とはえい。 椎名が ラストカットで出てきたのには 笑った。
しかも髪型が社長時代と同じだし無理矢理の
付け髭でコントでもやる気か 
と 思ったのは私だけだろうか?

 ヴォネガットが『ジェイル・バード』で
 【あなたがハートを持って生まれて来なかったのは 
 それはあなたのせいじゃない
 だけど あなたも ハートを持って生まれてきた人達が信じた事を
 信じようとしたのだもの やっぱり あなたも いい人なのよ】
 限りなく美しいシーンを描いているように
 Mindも大切だけど
 Mindを支える機動力は やはりハートなんだろう。
 heartとは 無限の愛と言う名の宇宙のかけらのことである。
一方
『おかしの家』は視聴率こそ話題にならなかったが
私は『下町ロケット』よりも秀逸だった信じている。
『下町ロケット』の寄りすぎアップカットの過多には
辟易した。
『おかしの家』は ロングショットやミディアムショットが
オーソドックスで観ていて つまらないケチをつけずにすむ。

なんで世良正則が ピンクの口紅塗ってんだよとか
あの俳優さんは 内斜視だったのか とか
そんなことを人々は無視しているとディレクターは思い込んでいるらしい。
しかし 小津は細心の注意を払って 観客の生理的不快感を
無意識レベルで与えてしまうことを嫌ったことを思い知ってほしい。
畳の縁が縦横に走る日本家屋で物語ることが
視神経に余計な不快を与えることを嫌って小津は
ローアングルを選択した。フェルメールは黄金律を
観る人が黄金律など知らなくてもそれを美しいと感じてしまうから
幾何学上の大嘘を承知で床のタイルを白黒にして歪めたり
数をごまかしたりした。職人気質とはそういうものだ。
芸術家気質なんぞ知った事か。アルチザンとアーティストだって?
技術も芸術もフランス語じゃあアールだよと高村光太郎に
誰も反駁してあげなかったのが なんともやるせない。

帝国重工の本部長の髪型も酷い。監督の領域だけど
ロケット打ち上げる重工業会社の本部長が
髪の毛赤く染めて前髪揃えているなんざ 
カリカチャアにもなっていない。目障りなだけだった。
風見鶏出世主義者を判らす見た目なぞ
TBS社内で外貌モデルを探すべきじゃない。

『おかしの家』は 石井裕也監督脚本で
オープニングのピアノ曲も趣味の良さが際立っていた。
RCサクセッションの『空が暗くなる』は 私には邪魔だった。
清志郎の声が意味を持ちすぎる。
歌詞も大人だろう勇気を出せよ・・・この物語に合うかね?
それ以外は 光線設計も美術も古臭くて最高!
古典主義でよかった。こういうドラマも放送できるTBSである方が
私には 経営上も正しいだろうと思う。
勧善懲悪モノなんざゴールデンタイムにやればいい。
だが深夜枠は 料簡が狭くとも身を切るようなせつなさを
あの手この手で描いた方が 結果として視聴率とやらも
稼げるはずなのだが。
そして このドラマの最終話は 予想外だった。
ひどく醜い天使に噛みつかれて 主人公が天使の声になったあたりから
料簡の狭さに奥行が出てきた。予定調和的な終わり方でなく
かといって 妙に自堕落な絶望や悲惨な結末でなく
主人公は やっと自分の生きる道を力強く歩み
それを後押しした祖母の自己犠牲が 八千草薫さんで
見事に描かれていた。ヴォネガット的な heartを
きちんと伝えていた。最後まで八千草薫さんの美しい姿で
ドラマを締めくくり 彼女の病床姿などワンカットも用いなかった。
これは 大いに感動した。演出家としての腕は
石井裕也監督の方が 遥かに上だということを
多くの人が 見極めるべきだと思う。視聴率を取ったからって
顔芝居怒鳴り哭き芝居でナンボじゃ演出なんてしていないに等しい。
大企業の風見鶏を調査することなんて簡単なことなのだから
怠ってはいけない。溝口健二のリアリズムは
「役に成りきれるか 否か」だったのだ。あの本部長を演じた俳優が
役に成りきっていたとは到底私には見えなかった。
半端な風見鶏ぶりで 戝前部長の吉川晃司の好演の足を引っ張った。
杉良太郎が お得意の流し目を威圧に遣っていたのが
素晴らしかった。貴重な俳優だったことを認識した次第。

『おかしの家』のオダギリジョーは 成りきっていた。
尾野真知子さんは まぁ 適役。勝地涼は・・・ギリギリかな?
蛭子能収の倅かという前野朋哉は あてがきかな?
伊藤雄之助の後釜の嶋田久作も 適役。
ただ 声が籠って弱かったので雄之助さんを見習って
『椿三十郎』でいいから発声を研究した方がいい。
顔として欠かせない役者さんなのだから 勿体ないと思った。

スイマセンね毎度毎度上から目線の申し方で。だってオイラ若い時監督してたんだむぉおおん
人生とは そういうものだ。
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宇宙の片隅における いち問題解決者たち [小説]

テトラスクロールでバックミンスター・フラーは人間を
宇宙の片隅に居るいち問題解決者と呼び
我々人類が 考える葦として生きる文明を望んだと書きました。
また そういう文明が21世紀が来る前に登場していなければ
人類は生き残れないと 彼は本気で思っていました。
フラー博士は 地球の歳差運動についての警告は
明言していません。ただ 科学技術の素晴らしい進歩の
水準に見合わない 政治や経済の在り様に 嫌気がさしていたのは
事実です。
戦争によって国民に危機感を煽ることで
皮肉なことに 科学技術は デザインサイエンス革命を引き起こしているのですが
人間同士が 一向に ナザレのイエスがたった一つの契約
【互いに愛し合いなさい】という利己主義からの脱却理念の達成を
一部の強欲なる政治活動や経済活動が権力を恣にするために 
脇に追いやられた状態は続いたままです。ローマ帝国以来・・・。

 月の大気が窒素の層を分厚くして その影響で
地球の大気中に二酸化炭素が過剰になっているという
観測データは 明らかに存在しているそうです。
地球温暖化とは そちらが本当の原因。
勿論 化石燃料など非・再生、再生不可能エネルギーの浪費は
問題ですが それは温暖化というより この星の大切な
自転や公転の為に使われるべき燃料を人類が枯渇させたら
自業自得どころじゃすまない と言う意味で穏当でないのです。
かといって核分裂(原子力発電)という この物質化現象宇宙の
成りたち自体の基盤を破壊しながら発電するような愚かな事を
温暖化対策にしている利権と利己主義の輩たちのおぞましさは
無知を装って 大衆を更なる無知に導く魂胆でありますから
計り知れないほど 恐るべきことであります。
そして フラー博士はどうして予知できたかは存じませんが
20世紀末頃から 米国やロシアの宇宙観測研究報告では
太陽系は 太陽を中心にしてエネルギーを高め光度を上昇させ
変容している最中であることが明らかになっている。
宇宙の問題解決者であるべき人類が
考える葦として存在意義を発揮しなくてはならない時代は
やはり とうに来ていたらしい。
太陽系の太陽から一番遠い冥王星や海王星は 
ポールシフト(地軸のジャンプ)を 21世紀の初めごろにしている。
そしてその太陽系全体の変容は 
分子や原子レベルにおいて
突然 大きくなるといった予測も 既に10年前には科学的に議論されている。

 日月神示のミロク世記述にも 光の世が来るとあり
 何もかもが変わるとあります。人も今より大きくなるとか・・・

まさかフラー博士が日月神示をご存知だったとは思いませんが
まぁ あの神示の出処であられる神様なら 米国人であろうが
お伝えしたかもしれません。何しろ このふで(日月神示)外国
者の方が 早く判る という一節がありますからね。

フィラデルフィアデイリーニュースという新聞で
フラー博士は80歳の時に 50年後の2025年を予測する
インタビューに応えて 
 人類が 考えただけで意思疎通できる存在になっている。
 とか ひょっとすると 形姿も変容していて 地球に留まらず
 宇宙を自由に飛びまわれるような文明を築いている可能性があると応えている。

日月神示では 半霊半身というような変容をミロク世には成るんだと書いてありますね。
 
 但し それには 21世紀には
ビジネス戦争 政治 兵器 負債 というような言葉が死語になり
くいぶちをかせぐ などという考え方がなくなっているはずだ。
という条件付きで。更に
『筋力や物質的な力、権力を 心=マインドが完全にコントロール出来るか
否かにかかっているだろう』 
リンカーンのいう権利が 権力を完全に支配しえた時にのみ
人類は21世紀にも存続可能だということである』

 フラー博士のデザインサイエンス革命は 利己主義から利他主義へ
 人々が向かうようにサイエンス技術が機能してしまう 
 そんな造化=デザインを追究していたのだから 
 いやはや なんという時間の無駄遣いを
 人類はしてしまっているのやら。
あと15年で 日月神示でいうところの
【与える政治】 フラー博士のいう科学者たちがメインになって作る
世界政府という(H・Gウェルズもそう表記していた)
利権なんか関係ない本当の意味での小さな政府なんてのが 
この地上時空に現れるかどうか・・・。見当もつかない。

 MindGameは明らかにフラーの影響下にあってジョン・レノンが造った曲です。
 そしてジョンの影響力を怖れた者達が 彼を亡き者にし
 フラーは マッドサイエンティストの仲間入りにされました。
 流石に老齢でしたので暗殺はされなかったようですけれど
 ジョンが亡くなって3年後でした。
 富士山の観測所はもう撤去されましたが
 あのドームもフラー博士のテトラ正四面体によるものでしたし
 東京ドームもそうです。今のよみうりランド一帯をドームシティにする
 計画をフラー博士は請け負っていました。

それでも『Back to the Future』で フラーはニコラ・テスラと合わさった
キャラクター ドクでフィクションというメタフィジカル状態で復活していましたけど。

彼の考えた本当の技術革命は
もっと人類に大きなモノをもたらしうる 人工知能の在り方です。

さて。
ヘディー・ラマーという映画史上初のオールヌードになった女優さんが
科学好きの作曲家ジョージ・アンタイルと共に特許をとった
周波数 ホッピングスペクトラム拡散 とかいう技術が
今我々が 何気なく使用しているIT技術にとって大切な役割を果たしているそうです。
グーグルが敬意を表して彼女の生誕101年を祝うロゴマークアニメにしてました。
女優さんも作曲家さんも 大学で科学教育を受けていたわけではなく
女優さんは 兵器商人と結婚していた時に偶々無線技術を暇に飽かして
齧っていた程度。作曲家さんは 内分泌腺論文を書くような人ですが
どうやら 医学部出身でもない 科学オタクだった人です。
とりあえず そういう人達でも ナチスの潜水艦レーダーから米国戦艦が
護られるためには こういう無線技術が必要だという一心で考えたことが
彼らの予測していたとは別の成果を上げてしまうけれど
無駄じゃなかった!
私が書いた小説(20××年の召集令状)にあるように
誰しもが 考える葦であろう とするならば その考えをスパコン人工知能に
集積し続ければ 心=マインドを持った科学者や発明家が
人工知能にアクセスし、対話しているうちに 
大胆な発想で たとえば地球の歳差運動に
対処しうる技術や建築、新素材を モノにしてしまう可能性は
やはり 否定できないのじゃないだろうか と 膝を打った。
嬉しかったが ただ私の膝は 痛いだけだった。

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テトラスクロールという美しい書物について [小説]

バックミンスター・フラー博士の絵本。
そう銘打っているが どちらかというと大人の絵本。
絵もフラー博士が描いている。木炭で 80歳の時に。
子供の頃 絵を描くことに夢中になっていたら
彼の母から 
「フラー家の男は 弁護士、医者か牧師にしかならない」
そう言われて道具一式取り上げられて以来の
絵を描く愉しみにフラーは没頭したという。

『宇宙船地球号操縦マニュアル』『クリティカル・パス』と言った
フラー博士の代表作は 理科系でない者は腰が引けるだろう。
独特の数学や物理学が基本知識もあやふやな私など
眩暈を覚える部分もある。
この絵本も のっけから 四面体や、システムの定義が出てきて
文科系は 緊張するだろう。 しかし このぐらいは我慢しよう。
そのうち 物語りは 人類古代史になる。このあたりになると
文科系族も 夢中になるのは容易い。
さらに中矢氏の日月神示系の著作好きなら 驚くことがある。
フラー博士は文明の発祥を西ではなくタイ、東アジアにしているからだ。
しかも人種すら 東アジア人が基本系になっている。アフリカ説をとらないのだ。
そして 東アジアから船を使って他の大陸へ旅する海族と
陸を馬を使って大陸横断をする陸族とに分かれて
人類は 地球での生息域を拡大していく。
これなど 失われた十部族が アッシリアから陸を馬で移動する
出雲族と海を船で移動する日向族という描写にも重なる。
断っておくが フラー博士の人類古代史にそんな日本のことなど
書いてはいない。 ただ妙に似ている。

そしてフェニキュア人が途中から主役になる。この海族こそが
やがて古代イスラエル人にもなるし 交易制度や通貨制度なども
フェニキュア人が作り上げる。そして彼らは 海流に乗って世界中を巡る。
このダイナミックな人類古代史が やがて
現代のややっこしいグローバル化へ捩じれていく根本に
海賊たちと東インド会社を梃子にして科学者である人は説明する。
まるでアカデミズムという権威の重い石に隠された真実を
四面体の小さな梃子を拵えて一挙に軽々と払いのけ
人類の多くが見逃していた真実の歴史、この世のカラクリを
明らかにしている。フラーの口癖である「包括的に」
学ばないと知識を貯めただけのブレイン(頭脳)は 本当は
役に立たないということなのだと 私は納得した。
後に書くけれど 人間にとって大切なのは 知識量でなく
知識を活用する、例えば梃子のような道具立てをして
動かし難い何かを動かしてしまう大胆な試みを企て実行する
思考と感情というメタフィジカル(超物質)つまり心、Mindだと!
それゆえに 大胆な仮説や試論をするマインド(心)を
教育の軸にしなければならないというフラー博士は唱えていた。
彼は もしかするとモンテーニュの『エセー』に通じていたのかと思う。
『エセー』の宗教・信仰観に反駁しようとした
パスカルとデカルトは数学者として成長してしまうのは
モンテーニュの仮説立てというエセイアの世界に二人が巻き込まれたから?
かもしれない。そしてハーバード大学を包括的に学ぶ場として相応しくない
という理由で自主退学して清教徒(≒ブリティッシュイスラエル人)の名家から
放擲されてしまう 我らがフラーも!

☆フラーといえば【シナジー】

部分部分だけを観ていては 予測不可能なシステム全体としての振る舞いは
部分と部分が シナジー、相乗効果してしまうから生じるモノだからである。
それがたとえ 貪欲と残虐性による共生であろうとも 軍産共同体が
各部門のシナジー効果を そもそも軍産共同体というシステム全体として
予測不可能な振る舞いをもたらしてしまうのである。その貪欲と残虐のシステムの
中枢が指揮指導したわけでもないのに 人知を超えた振る舞いを人類に
もたらしてしまうのだ。
軍産共同体は 武器や兵站調達やありとあらゆる部門で技術的に開発した。
追究した。戦争の世紀と名付けられるべき20世紀は その貪欲と残虐のシステムが
執り行った全体として予測不可能な振る舞いとして
【より少ない材料でより大きな成果を上げる】
数々の新素材などの発明品を
戦争が終わっても追究していくことになる。そして結果として
20世紀までなら王侯貴族しか堪能できなかった豊かな生活水準を
20世紀の後半になると人類の52%が 高い生活水準を獲得してしまう。
全体としての予測不可能な振る舞いが そうさせたのだが 
だから戦争しようなどとフラー博士は言う訳も無い!

フラー博士のシナジー効果というキーワードは
何が善で何が悪かが問題なのではなく 『共生して相乗効果を追究すれば
人類は 生き残ることができる存在であることを示している』という
目論見へ導くこと。
上記のスパンの長い科学技術的歴史観を少し最近の例にすると
インターネットはまさに 軍の通信と経理各部門の相乗効果が
全体としての予測不可能な振る舞いをして 我々にもたらされたのは
多くの方が目撃してきたことです。パソコンというのもそういうことになる。

ところで フラー博士は 1960年代に既にスパコンや人工知能が
人類にとって大切な相棒になることを予測してcriticalpathを描いている。
勿論インターネットも当然のことで 各端末から繋がって という
ような書き方もしている。学校教育も各自個性に合わせて各端末を以て
為されるべきだとか 通勤や通学による時間や燃料エネルギーのロスを
軽減するエコロジー観点から 通信とコンピューターの個人使用を
社会生活の基本にする人生(ライフ)を描いている。
全人類の総人口が40億人とされていた時代に である。
もしもアメリカ合衆国が本気で世界の盟主国としてフラー博士のクリティカルパスを
推進していたら 今頃 総人口70億人になどなっていなかったはずだ。
そしてとうに 人類の98%が 20世紀までの王侯貴族以上の高い生活水準を謳歌していただろう。
戦争という盛大な無駄遣いを止めて 多くの人類が栄養において過不足なく
そして生きていく不安を軽減されて 知的な生活を愉しめば
人口爆発など起こす余地などありえないように人類はデザイン(造化)されている。

テトラスクロールから 引用しよう。
● 科学的技術的思考を身に着けた頭脳(ブレイン)とその頭脳を
   大胆不敵に使いこなす心(マインド)が 共生的に相乗効果する必要がある。
※因みに科学的技術的な思考を蓄えた頭脳は コンピューターでもよい。
● 数々の情報が重なり合い統合されていく中で 情報量は指数関数的に成長する。
   このことに気付けば全人類が経済的に成功しお互い協力し合って生きていける。
※クラウドコンピューティングとは このように活用されるべきという預言であろうか?
● 以上の事に人類が目覚めれば 人々は昨日までの競争を忘れ
   この宇宙にあって我々人類が本来 宇宙によってデザイン(造化)された
   本来の機能と役割に気が付き それに心奪われてしまうだろう。
● 生活の不安が無くなれば 人々は安心して自分たちの心(マインド)そのものの
   役割(work)について真っ当に考え、それに身を委ねるにちがいない。なぜなら
  人間とは 宇宙の片隅にいる一問題解決者にすぎないのだ。
● さまざまな試みをシナジー的に企てては 再生を続けるこのシナリオ宇宙≒造化の妙と
   我々人類は共鳴していろいろな問題を解決していくように人間の心(マインド)は 
   デザイン、造化されている。これこそが 人間のマインドの役割、workなのだ。

 この絵本の主人公もこう叫ぶ
 『そうね!わたしたち人間は宇宙の中でデザインされた本来の働きに
    きっと目覚めていくにちがいないわ』

 
☆めるくまーる社さん!どうかこの書物を A4版に縮小し 
 ハードカバーを止めて十代の少年少女たちも鞄に入れて
 持ち歩けるようにしてほしい。
 電子書籍には 今すぐにでも!  

 私がこのブログに掲載した拙い小説が 如何にフラー博士に影響されて
妄想を繰り広げたか お分かりいただけたと思います。私に才能が有れば
もっと楽しく フラー博士のマインドをお伝えできたのにと 思います。

是非 『テトラスクロール』という美しい書物を一人でも多くの方々に読んでいただきたい。
そう願うばかりでございます。


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『スサノヲ展』観賞記 [小説]

根津美術館に巡回すると勘違いしていて
ギリギリセーフで松濤美術館へ。

瀟洒な街並みに在る美術館は 空中回廊の下に
中庭の噴水があり 此処を訪れるだけでも
異空間に誘われる気がする。
そして展示は まさしく異界 いや異空間。

いきなり松江市の八重垣神社の壁画が現れる。
巨勢金岡という9世紀頃の偉大なる画家による
スサノヲ様と八岐大蛇伝説のヒロイン、イナダ姫の
肖像の前で立ち尽くす。まさか本当の壁画ではないけれど
私の脳裏には 
中矢伸一氏の『神々が明かす日本古代史の秘密』が蘇る。
日月神示にも関わる大切なことがこの書物には書かれている。
そして縄文土器が並ぶと 王仁三郎師の写真
出口なほ師の御筆先が 目を奪う。「ひのでのかみとおとひめさまが」
という内容だが 展示カタログが完売していて確かめられなかった。
振り返ると 「美よしの」という銘の美しい茶器が在った。
王仁三郎師作で
あの厳しい二度目の大本弾圧から解放された直後の人が
その手で拵えたとは思えない程 碧の茶碗は美しく妖しく
見事な出来栄えだった。群青の星空が茶碗の内に描かれ
この茶碗でお点前を受けた者は 宇宙の一服をもてなされる趣向と観た。
力強さは色使いだけで こしらえは 繊細で可憐なのが素敵だった。

平田篤胤のコーナーは 陽気でなく、
妖気の方が漂っていて 半身にならざるを得ない。

 月讀尊も素戔嗚様って・・・兄弟でしょ?
まぁ それはいろいろ神道に詳しい方々にお任せしよう。
それより 天河弁財天様も 不忍池の大弁財功徳天様も
やはり 宇賀様又は宇迦様なのだねぇと 
なぁんだ そうだったのか は個人的な感想。

南方熊楠が小学生くらいの時に『和漢三才図絵』を
書き写した原本。小さな紙にペンとインクで仔細洩らさず
写し取ってみせるという気魄が満ちている。
若い時の顔つきは 同年の漱石や秋山真之同様
東大予備門に揃いもそろった感じだが
西洋人的な目鼻立ちをしている。
クリスチャンイスラエルが 日本を訪れて
日ユ同祖論に掻きたてられたのは 顔立ちだという説もある。
にしても熊楠とアルチュール・ランボーは印象が重なる。
それよりも 熊楠の粘菌などの採取録は 貴重な見物でした。

金井南龍と岡本天明の油彩画は 各一点。
岡本天明は本職の画家だったが 南龍の
直観任せの筆使いに押されたようなナイーヴさだったのが
意外な感じがした。反面、南龍の構図は
同じ岡本でも岡本太郎に近く 大胆そうで
結構 計算している感じがした。原色遣いだから
そう感じただけかもしれないけれど。

田中正造や熊楠が なぜ スサノヲ展なのかは
エコロジーというよりも 地球への愛ということだろうか?
いや 寧ろ
【いのち、いかり、いのり】 この展覧会ポスターの
コピーが 答えであると言えよう。

こんな見応えのある展覧会を 建物自体が
美術品とも言える松濤美術館で
わずか五百円で堪能させて戴く。

サロンデミュゼのソファ
ボルヘスの『バベルの図書館』でも読んでいたいものだと
思うのでありました。 
志賀直哉終焉の街は
静かな佇まいに豪奢な夕陽をたっぷり湛えて輝いていた。



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6月に載せる予定だったけど [小説]

6月19日 AFP
 水田で栽培される稲などの、水面下に根を張る植物を利用して発電する画期的なシステムを、
 オランダの科学者チームが開発した。
 このシステムが、世界各地の孤立した村などで安定した電力供給源となる日が来るかもしれない。

 生きた植物からエネルギーを「収穫」するシステムを開発したプラント・イー(Plant-e)の共同創立者
 マロリン・ヘルデル(Marjolein Helder)氏は
 「これは、植物が必要量を上回るエネルギーを生成するという原理に基づいている」と話す。
 
 「このシステムが太陽光発電や風力発電より優れている点は、
 夜間や風がない時でも稼働することだ」とヘルデル氏は、AFPの取材に語った。

このシステムで電気を生み出すために必要なのは、水中に根を下ろす植物だけだ。
 マングローブの低湿地、水田、沼地に生える植物でも、植木鉢や庭などで栽培される植物でもよい。

このシステムの技術は、植物が光合成で生成する有機物の余りを利用している。
  余分な有機物は植物の根から放出され、微生物に消費される。

微生物は有機物を消費する過程で、電子を外部に放出する。
 この電子を根の近くに炭素電極を設置して「収穫」すれば、電気を発生させることができる。

植物から電気を取り出す仕組みは以前からあるが
 「これは植物を傷つける必要のない、非侵襲的なシステムだ」とヘルデル氏は語った。

水が蒸発したり凍ったりした場合は発電が止まるが、
「水を追加するか、氷が解けるのを待てばよいだけだ」と同氏は話した。

オランダのワーヘニンゲン(Wageningen)に本拠を置くプラント・イーは
 現在、同社の発電技術を組み込んだ
 50センチ四方のプラスチック製容器で構成されるシステムを販売している。
 容器はつなぎ合わせて植物を収容できるようになっている。

公園や屋上に設置するように設計されている
 このシステムの価格は現在のところ、
 総面積100平方メートル分で6万ユーロ(約840万円)だ。

 湿地で発電を開始するために
 迅速かつ簡単に水面下に設置可能なチューブ型のものなど、
 プラント・イーは現在も製品を開発中だ。(c)

ということは 微生物のために化学肥料や除草剤なんてのは駄目でしょうね。
つまり稲の収穫量より発電量の方が大切な水田が多くなり
基本的には 無農薬のお米が収穫できる。
売電と言う欲に駆られて日本に水田が溢れだせば
結局 安全なお米が流通し 健康にも利が在り 雇用問題も解決し
変な助成金もなくなるわけでしょう。
人口の一極集中問題も 徐々になくなり 地球温暖化にも貢献する。
ましてや 原発問題は 効率と安全の問題で 法案だの政治だの
関係なくなる。サイエンスが現実を変えていく。
藻油田も微生物。 
そしてフリーエネルギーも私は微生物が関与していると
以前此処に載せていた『灰色の肌をした異星人』の中で書いたけれど
そういうものなのかもしれない。
まぁ あれには オキシトシン量と発電量が
比例する結果をもたらす微生物のお蔭で 利己主義を利他主義が
凌駕するデザインサイエンスを暗示しだけで未だ
科学的実証などされてないので 問題外でしょうけど。
ただ もしあの暗示が 本当になったら
幼児虐待などの家庭内暴力なんかも発電量に関わるし
微生物によって測定されるわけだから 取り繕うこともできないので
ちゃんと暮らしたかったら 自分を律するしかない。

人の欲を滅却させる宗教の戒律システムよりも人の欲に沿って
デザインされた科学と言う道理を使う方が 判り易いと思う訳です。

さて。 
このプラント・イーが フリーエネルギーの
一つのステップになるかもしれないし エネルギー問題と食糧問題を
解決していく クリティカル・パスになるといいですね。
海波動発電など日本にとって効率の高い再生可能エネルギー発電は
幾らでもあった方がよい。 宇沢さんが仰っていた社会共通資本とは
バックミンスター・フラーが 定義した『富』とよく似ているし
それは つまるところ 再生利用可能エネルギーの開発ということかな?
とも 思うのでありました。
火星に移住することを考えるよりも 
この美しい星=地球と人類が 互いに愛し合える文明について考えた方が 
急務なのでしょうにね。
この星と良い関係が結べない人類を受け容れてくれる惑星なんて
私には存在するとも思えないのです。
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