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束の間のドラマウォッチング [映画 ]


『やすらぎの郷』については
それこそ毎週でもつらつらと書く事はございますが
まぁ 此処ではやめておきましょう。
浅丘ルリ子さん 巧いよぉぉお ぐらいに。

○『コード・ブルー』CX

新垣結衣さんと戸田絵梨佳さんがご出演ですので
そら チェックしますけど あたしゃこのシリーズ
駄目なんだ。どーしても 米国製の『ER』と比較してしまうから。
あっちは新人でもアグレッシブで 知ったかぶりして
余計なことまでするヤツラばかりだけど
大丈夫かぁ日本・・・てな思いもするし
にしてもドラマが浅いよ。人間を描こうとしていない。
長谷川伸を読んでしっかり人間を見詰める視線を学んでほしい。
どいつとこいつを描くとこういうシナジー効果があるとかさ
こういう病とこんな傷口が構成されると意外な
光景が人間の心の奥に見えてくるとかさ 
美学校で高橋洋先生か西山洋一先生におせーてもらいなさい!
いきなり『ER』レベル求めやしません。
米国と日本じゃ生きていく厳しさが土台からして違うのだ。
どれほど我が国は未だ恵まれているかを感じ知るために
このドラマを観るのもよいけれど。
ガッキーと毎週会えるから。tVerでも『雪肌精』とノアのCM観られるし。

○『わにとかげぎす』TBS

『カルテット』でクドカンさんのフラダンスを絶妙なカメラ位置で
ショットし ぬかりなくアングルで語る術をお持ちの
坪田監督だったので 観ました。なるほど 相変わらずアクション繋ぎも
温故知新的というか古典的ハリウッドスタイル
特筆すべきは本田翼さんの良さを引出している。
綺麗綺麗に撮るのではなく シルエットを巧く使って
彼女を魅力的に見せている。『安堂ロイド』の時に可哀想な起用をした
罪滅ぼしとして有り余る出来栄え。彼女の出世作又は代表作になるだろう。

○『黒皮の手帳』テレ朝

『女囚さそり』のやり損ないになってしまった『女囚セブン』でも
黒皮の手帳とか言っておりやしたが へぇ こっちがほんまもんどすえ。
とはいえ アタクシ 不遜ではございますが松本清張さんの小説って
どれも面白いと思ったことないんどす。って京都弁みたいになるのは
『女囚セブン』の剛力彩芽さんが舞妓はん役だったんどす。
戻します。こちらの主演は国民的美少女の武井咲さんです。
相変わらず笑顔は 吉永小百合さんとよく似ています。
そしてネット上では彼女の演技の評判が悪い。
アタクシは 全く上出来だと思います。ただ初回でいきなり
銀座に店持つまで一気だったから 観る方の目がついていけない
つまり動体視力の芳しくない方々には 武井咲さんの芝居の 
微妙な陰影を感覚できなかったかもしれない。
はっきり言えることは 念書を奪いに行く時に 
あの装いをさせたディレクターの感性の無さの方を
嘆くべきかとアタクシは思う。
鎧としてのハッタリボディコンは 笑うぞなもし。
まぁフランス製のスーツあたりが穏当だろうね。
チェックし続ける可能性は 低いかな。
武井さんがテレ朝で天気予報士をしながら事件を解決する
ドラマがありましたが あれは 彼女にフィットしていて
無表情を通す芝居に 寧ろ いぢらしさすら覚ゆるほど。


 やっぱ 一スジ 二ヌケ 三 ドウサだな と思う。
 一番大切なのはシナリオ 二番目は 撮影手法
 三番目に 芝居 仕草 アクション。
 日本映画の父と謳われたマキノ省三監督の有名な
 映画についての 箴言でごわす。おいどんもよしごわす。
 って鹿児島弁がどうして口を突くのかは 謎である。
映画にしろドラマにしろ 動く絵 が根本なのです。
オペラとか歌舞伎とかは 寧ろ
音の世界が優先すべきなのです。舞台の芝居もそうです。
もともと 舞台の演劇ってのは 詩の朗読から始めっているし。
やはり三次元的なのであります。映画やドラマは三次元じゃない。
やっぱり 二次元の世界なのですよ。音による立体化感覚。
ゴダールがソンイマージュとして追究したテーマは
気高いわけですよ。 立派だなぁ ゴダールって。
やっぱり物理学的な又は数学的なアプローチになっちゃうんだね。

やすらぐことなどないじゃないか [映画 ]

えぇ テレ朝の『やすらぎの郷』のことです。
八千草薫さんが 凄いッたらありゃあしない!
浅丘さんも加賀さんも ねぇ~ なのだった。
石坂浩二主演というのは 最高の強味だわ このドラマ
しかも未だ一か月だってのに ドラマが次から次へと
巡る巡る季節の中で の方が主題歌としてよかったかもしれないと
思う事すらある。中島みゆきさんも北海道だけど松山千春さんは
もっと富良野に近いとこの人だし  
ねぇ~。

この企画を蹴ったという噂がある凋落傾向の
お台場のテレビ局さんは もう どうしょうもない。

 テレ朝は『女囚セブン』という深夜ドラマもやっている。
演出は私の嫌いな『SPEC』の監督のエピゴーネンが
やっているから TBSの『小さな巨人』の演出陣よりも
ランクが低い。包みのくだらない異化作用なんざ邪魔だ。
『女囚セブン』は剛力彩愛さんが芸者で
高島政伸演じる悪い代議士の社会的な悪行を暴こうとした
親友の芸妓殺害の濡れ衣で・・・ってその京都の置屋の
女将を演じるのが 女囚さそり で活躍した
梶芽衣子さんなわけで。それが面白い。シナリオ単純。
剛力さんが白塗りで芸妓として和服で踊る姿を観ると
ボタニティーアート(植物や虫を写真のように描くこと)出身なのに
喜多川歌麿は なぜ こんな風に女性を描いたのかしらという疑問が
いきなり溶解するのである。 そうか 江戸時代の美人って
彼女みたいな顔だったのだね。なるへそ。
ところで
歌麿や山東京伝を弾圧した 松平定信って人は
ボタニティアートの絵師を家臣にしていた。
星野文良である。その作品と落款は残っている。
この人が 後に 歌麿になるという小説を
まぁ 読みたい人は そんなにいないかな。
じゃあ 書くの止めよう。ちなみに 写楽は
なんのことはない 山東京伝のことですから。
法政大学の総長 田中優子先生の説、
一発御名答なのですが まぁ長くなるのでやめましょう。

 糸井さんの『ほぼ日』には あの『JIN』や『私を離さないで』の
シナリオを書いた森下佳子さんが ドラマ大好きコンテンツ
掲載してるのであります。 対談で。
私のブログのような否定 腹黒 批判 無し
まるで 淀川長治や山田宏一が映画に対して向けた
絶対的な愛情を 彼ら『ほぼ日』のドラマチェック班は
致すのである。 火10の『カルテット』後のドラマは
原作の漫画家さん自体が 
「登場人物に一切感情移入せずに描いている」
のだそうだ。 森下さんは それを 実験的と評価し
ドラマも それに即してちゃんと創られている・・・のだそうだ。
私なんぞは 頭が固いから 
作者が感情移入しねーんじゃ 
感情教育の役目を果たさないじゃないか!と怒髪天を突く。
ところが そんな 否定を東大で蓮實ゼミを受講していたはずの
森下さんですら 口にされない。 
これは立派な事ですよ。テレビドラマを徹底的に愛すことの方が
表層批評をするよりも『ほぼ日』においては 優先するのです。
といって表層批評を提言された蓮實重彦先生は ヨドチョウさんぐらい
映画を徹底的に愛し 観まくり男くんですから 誤解のないように。

 TBSの『小さな巨人』は オロナミンCの開発秘話ドラマ・・・
ではありませんでした。 
『MOZU』で 異常な芝居をしてみせた
長谷川初巳さんが 岡田将生さんと 口を歪めあって
精神的ホモ刑事世界を 生真面目にドラマにしている。
これは 意外に面白い。日曜劇場は 勧善懲悪に固定した
TBSの勝利ですよ。 筋はどうってことないけど。
キムタク医者ドラマのチームよりこの演出チームの方が
『逃げ恥』『カルテット』チームに近い。
『半沢直樹』で鍛えられたチームらしいが 顔のアップは
あと 15パーセント サイズ引いた方がいいと思う。
半沢より 真正面にしないのは 頭がいい。
真正面ショットなんて ほぼ在り得ない。
NHKの故・バカベンしかやらないの あーゆーことは。
おぉぉ オイラのドラマ評は 悪意に満ちているなぁ
これを読んで気分が悪くなった方は 『ほぼ日』に
飛んで ドラマをヨドチョウさんのように愛してやまない
人々の 好意に満ちた 世界で毒消しなさいませ。

※ でも 観てないのでなんなのだが
  森下佳子さん NHKの大河で
なんで 井伊直虎なんぞ引き受けちゃったかねぇ・・・
あのね 上杉謙信が女だったといのは かなり可能性高い。
そっちを やるべきですよ。井伊直虎が 武田の赤揃えを
別段継いだわけでもない リリーフ的登場で 謙信が
女性だったから まぁ 許された処置だったわけですから。
八千草薫さんの『ねぇ~』で この文章を締めます。
ねぇ~
★ 上記 俳優さんの名前表記に過ちが在ると思いますが
   訂正しておりません。 ごめんねジローです。

暫くは やすらぎの郷ウォッチングでしょうね [映画 ]


『逃げ恥』『カルテット』と半年間 TBSのテレビドラマが映画に越境する
その有り様を 堪能させて頂いて それぞれのロスに見舞われるかと
思っていたら 予想外のところから 奇妙な 古い 懐かしい
日向臭い 『やすらぎの郷』という 飽く迄テレビドラマの枠に
しがみ付く世界に 不意打ちを喰らうのであります。
もう この世界には 戻れない。 だが 懐かしいことは
味わいが 在る。 だけど このドラマが映画へと越境する事は無く
古い映画の名残だけが 残滓として目撃されるだけだ。
ボギーことハンフリー・ボガードの愛したカクテルを
カサブランカという名の ちと気恥ずかしい名前のバーで飲むとか
化け猫女優は 入江たか子さんのことだろうけれど
彼女は晩年に化け猫を演じたのでなく 
嘗て華族出身の御姫様だった人が 追い詰められて
仕方なく 化け猫映画で 商売に徹しただけのことは事実。
しかも 名匠溝口健二監督と 傑作『滝の白糸』以来の
仕事で ついつい東京下町育ちの監督らしく
怒りにまかせて発した「なんですか その芝居は 化け猫じゃないか」
というキツイ罵声が 飛び 入江さんがショックで降りる降りないの
事態になって 大騒ぎなんてことを このドラマを観て
思い出すアタクシみたいなのは この世にもうそうはいない。
但し 入江たか子さんが 黒澤明監督の『椿三十郎』で
とても優雅な そして機知に富み、且つ艶やかなお姿で
某藩の家老の奥方を演じているのも アタクシは思い起こすのである。

まぁ それはそれとして。

しかし 浅丘ルリ子さんが 石坂浩二さんの首っ玉に飛びつく姿を
ドラマの枠組みを飛び越して妙に グッと来た方々は多いだろう。
『二丁目三番地』という倉本作品でこの二人は本当に結婚しちゃったもんね。
♪過ぎた日の微笑をみんな君にあげる なんてドラマのテーマソングの
歌詞まで 石坂さんは書いてました。
アタクシタたちガキどもは ♪杉田玄白ごめんね 君に全部翻訳させといて
本を貸しただけの前野良沢 つう 歴史的にも不実な替え歌を
拵えていたものだった。
そして その横で 元恋人の加賀まり子さんが 複雑な笑顔を浮かべている・・・
反則技ですな。 スゲー反則技。いきなりドキュメンタリーだもんな。

 原節子さんを模したと思われる役柄で 八千草薫さんが美しく在られる。
ハッキリ言って 八千草さんがご出演してりゃあ アタクシなんざ
観るの。『小さなおかしの家』というTBSのドラマだって そうだった。
八千草さんがお目当てだった。そのドラマは意外な拾いモノでしたけどね。

この八千草薫さんのお若い時のスチールが映し出されると
この方は 未来からタイムスリップしてしまったのかしら? という
奇妙な感覚に 我々をそわそわさせられる。
時代を超越した美貌の持ち主であり続けている。
それでもって 声が 独特で 可愛い。いわゆる
そこいらにどこにでもある かわいい ではなく
可愛いのである。何処を捜しても早々見つからない可愛さである。

 遠藤周作さんが有牛麦子嬢なる女優に招かれ
「遠藤先生 アタクシ セックスピアーの何を演じたらよろいかしら?」
と訊ねられて 鼻の下を長くしている様子を
安岡章太郎さんと吉行淳之介さんが 其々面白おかしく書いてらした。
その有牛麦子嬢とは 有馬稲子さんですけどね
小津安二郎監督の『東京暮色』と『彼岸花』にご出演でしたが
とても セックスピアーなんぞと仰りそうな感じじゃあ無い。
だけど おそらく この二本の映画にご出演の頃に
遠藤周作さんや大江健三郎さんを 招いて ご相談されてたようですな。
その有馬さんも このドラマで相当何やら仕出かす気配でございます。

しかし倉本聡さんは 映画のシナリオ書くと駄目だったなぁ
どうしてもっとマキノ雅弘監督に食らいついて教えて貰わなかったなぁ
マキノ雅弘監督は 構成も台詞も シナリオライターと助監督を
宿屋に呼びつけ 三日三晩語りっぱなして 書き上げさせる
台詞の細かいとこは あんじょうよろしゆうたのんまっせ
とか何とか言って いざ 撮影現場になると
俳優女優とリハーサルしているうちにドンドン台詞を変える 
助監督は ハラハラする。監督にそれとなく
「つながりますか」と声をかける 「つながるようにしまっさぁ」
と言い放ち 本当にちゃんとつながって しかも
シナリオよりよくなって完成するのが 
マキノ雅弘式映画術。 ま こんな天才は 彼しかいませんが。
でも このマキノ雅弘式映画術の遺伝子は 今
もしかすると 土井・金子・坪井のTBSディレクターズトリオに受け継がれている
可能性があると 私は 睨んでいるのである。
そうだそうだ
「やすらぎの郷」の藤田明二監督も 勿論 ベテラン。
手堅いカット割り。観賞しやすい丁寧なトラベリングやティルトを
お遣いくださりお見事。素晴らしいッ!

 立木義浩センセーの加賀まり子さんの写真集ってのが 
撮る方も撮る方だし撮られる方も撮られる方ですよっ!というほど
素敵なのでありますが もう 国宝になってしまっているらしく
なかなかお目にかかれないのが 残念でございます。

※ なにやら ぐちゃぐちゃな文章を長々しく書いてしまいました
   すいません♪ 春だから 桜咲いているし 御赦しを。

やすらぎの郷 ~tVerでやっててよかったぁ [映画 ]

倉本聡さんの企画・脚本テレ朝昼帯ドラマ!
石坂浩二さん主演で これから 加賀まり子さんと
浅丘ルリ子さんとも共演されるし 
なんと言っても ほぼ日で なぜか糸井さんが日曜日に
ほぼ番宣をしてらしたので ほほほぉ と思った。

 いきなり 近藤正臣さんと小松政夫さんだもの
石坂さんは相変わらずいい声だし。
煙草喫うシーンだって いいもんですよ。
そして 小料理屋 侘助の二階が
御徒町のとんかつや
蓬莱屋に似ているのも 演出家からして ベテランだねぇ
蓬莱屋の二階ってのが 小津映画っぽくって大好きだった。
まぁ それはそれとして 
確かに このターゲットセグメントは 成功するでしょう。
オンエア時間帯も 良い。今時の若い衆に
この豪華キャスティングの有難味なんて
わからないだろうしね。猫に小判だし 勿体ない。
それでも 中には このドラマが描く 虚ろなる 自分たちも
いつか必ず迎える老境の行く末に対して 覗き見してしまう若い衆も
ドンドン増えてくるのじゃないかしら?
かなり お伽噺設定だから 想定外の視聴者層の広がりも
無きにしも非ず。 公共放送の若い衆おもねりの朝連ドラが
余りにもつまらなさすぎるらしいのだが だいたいテレビを視聴したがらない
層に向けて 今更の若手女優起用にだけ重きを置いて
『逃げ恥』『カルテット』ほどの仕掛け満載の知能指数の高さも無い。
誰がそんなもの観るかね?ターゲットの設定自体できねぇんだ
あの公共放送局のプロデューサーは。
このドラマは 公共放送の最大の脅威になるでしょうね。
倉本さん!してやったりですなぁ 
で 今はキャスティングされていないショーケンもバッチリ
登場させちゃったりして下さると 尚一層 我々昭和30年代世代まで
このドラマから目が離せなくなる。
たとえばですよ
『相棒』の右京さんっぽい気障な美術デザイナー役の水谷豊さんに 
オカマっぽいヘアー&スタイリスト役のショーケンが 
アニィキーぃぃと絡む・・・・・・
なんていう顛倒したシーンなど想像するだに 奮い立つ。

ちなみに 『逃げ恥』のDVDは発売記録を早々に樹立している。
ドラマと映画の垣根が無くなった瞬間である。
後は利益分配の法的整備だけだ。まぁ 米国の『X‐File』を
基準値にするだろうけどね。 つまり スポンサーは
広告媒体を買うだけでなく
売れるドラマの投資も兼ねるという事態も テレビ局は
ビジネス構築できるということでもある。 
人材を大切にすることだ。若いから人材だかどうだか
解らないし 米国でMBA取得しているったって ターゲット設定すら
誤るんじゃ なんだね その資格ってのは・・・。

 このドラマも ひょっとすると
そういうビジネスをすることになるかもしれない。
繰り返し観ることが愉しいような サムシングエロスいや
something elseをどうやって 仕込めるかでしょう。
新しい顧客の創造とは 若年層を狙うことじゃない ってことを
テレビ局は 心せねばならないマーケティング環境を自覚し
質の高め方によって新しい市場を創造する可能性があることに
目覚めるべきだと 私は 思うのであった。


カルロスを愉しむべきかと。 [映画 ]

カルテット ロスを略して カルロス。
なんだかスペインの王様みたいだ。

しかし ドラマTBSは 復活したようですね。
土井・金子・坪井といったディレクター陣は
『JIN』を担った方々でもある。
一方で 日曜は勧善懲悪ということで
検事・クリュウコウヘイを 医者にして 懲悪を疾病に置き換え
やはり 浅野忠信さんの演技力でなんとかかんとか
視聴率を稼ぎ出したけれど 
『逃げ恥』から怒涛の『カルテット』で
映画とテレビドラマの垣根を取っ払い
繰り返しみたくなる 映像と音が織りなす感情教育が
ホームドラマを主旋律にしてこれからも奏でられていくことを
世間の片隅から 祈り願うばかりであります。

ところで 前回のスティックボムなるドミノゲームシーン。
あれはテスト本番テイクで 本当は すずめが
スマホで撮影するなんて なかったんじゃないかしらね?
松田&高橋両氏が 余りにもリラックスしていて
松&満島両氏は とりあえず やってみませう のノリで
あやうく 役名でなく 高橋さんとか松田さんとか叫んでいたような
いないような。あの手のモノを遣う時は
次のテイクの為に近場に7割程度組み立てたのを用意し
とりあえずは テスト本番を一番最初からするけれど
おそらく一発OK想定していなかったから
すずめとしてでなく 満島さんが スマホ持って
追っかけたようにしか見えなかった。
だが あっさり 一発OK。ミゾミゾするぅう と叫ばれてましたが
そう 確かに 或る意味 ワンシーンワンカットというか
長回し移動撮影で溝口健二・感ありです。 
そのスマホ撮影カットを ドラマ内で流石に編集しなかったけれど
ドラマ公式ツィッターで公開する。 
そうして 観衆は 双方向感を疑似的であれ体感しながら
感情教育の世界にどっぷり浸る 愉しみ方を切り拓かれてしまった。
これは 面白いことかもしれない。
映画が 別の段階へと足を踏み入れたかもしれない。
3Dとかコンピューターグラフィックなどの
文字通りのモノモノしさ ではなく 見ず知らずの人々が
一斉に想いを語り合い 感情を溢れさせてしまうのは
このドラマの登場人物たちと同じ感情を追体験してしまっている。
これを ただ 商売に遣う方々もおられるだろうが
これを もっと 崇高な世界へと導く手立てにできる人々いるはずだ。

リスが 小さいおにぎりを頬張るショットは 各自自己の記憶映像で
脳内再生するより他はかなったが ちょろりと アニメっぽいリスが
出てきたり このスタッフは サーヴィス精神が旺盛だ。

あのサイコパス娘が 「人生なんて ちょろい」と大笑いするショットを
多くの人が 嫌悪感より 寧ろ共感というか ホッとしたようだ。
なぜなら 彼女は 観衆としてカルッテトドーナツホールに
見惚れていたから。 
惜しむらくは 巻幹生と鏡子の親子が
絡み込めなかった。 それとて
このドラマにはまり 愛した人々は カルロスの中で
自分なりのバージョンを脳内に紡ぎだす喜びに出遭うだろう。
いっそ 公式ホームページに 様々な人々の
其の後のドーナッツホールのドラマのあらすじ投稿を暫く受け入れて
全てを公開しておくといい。 それが このチームを
更なるドラマを企てる素晴らしい 何かになるだろうから。

 劇中 カルテットドーナツホール宛の
手紙が のくた庵に届く。痛烈な批判である。
なぜ あなた達は 下手くそなのに 演奏者を続けるのか
その手紙の主と思わしき 野球帽を目深に被った
楽器を携えて客席から 観衆として見詰める女性が
台詞一つなく きちんと画面に登場していた。
あて推量でしかないけれど
あの手紙は ドラマのホームページのBBSに
書き込まれたりしていたものかもしれない。
そういう文面の手紙が TBSに届いていたのかも。
それほど このドラマに嵌り込んだ人が存在するかもしれない。
それを シナリオに活かしていたとしたら 途方もなく面白い。
と 私は思う。
あの役で椎名林檎さんが出てたら変でしょ。
彼女なら もっとカメオっぽく のくた庵の席で
ご飯食べてたりするんじゃないかね?
にしても 坂本美雨さんが 演歌歌手の母親役ってのも凄かった。
あの歌 彼女が作ってたりするのか という勘ぐりもしたが
ありえない。ありえない。
というか あの役で林檎さん出演してたら
どうなってたでしょうか? という想像するだけでミゾミゾする。


前言撤回申し上げます・・・カルテットはあれでいいのだ [映画 ]

『カルテット』第九話をもう一度観なおしたら
キックパス気味では なかったです。
松たか子さんの 正体ばれた直後の動顛する様子を
観ていると 彼女が 前回で
「今 このまま 此処で死ねたら最高ってくらい
 この4人でいることが 愉しいです」 とか
幹生さんと逃避行すると主張した際にも
「いらない! こんな人間の人生なんていらない
だから 一緒に 逃げよう」と 叫んでもいたのを
思い出した。
なるほど。その伏線からすれば致し方ない。
ヤマモトアキコとしての人生を棄てたくなるほどに
しなくてはならないんだ。
松さんの動顛具合が 素晴らしかった。坪井ディレクターの
導き方も さぞかし 巧かったのだろうと思う。

スクェアダンスを踊っちゃあいられないわけだな。

さて。 宮藤官九郎さんが 取調室で両掌で顔を覆って啼く
シーンがある。号泣以外ありえない状況である。
申し分ないのだが  欲を言えば
あそこまでローアングルにしないで カメラ位置も
正面で 取調室の机がフレームの下 8分の1占める程度の
水平に近いローアングルだと
東京物語』のクライマックス 原節子さん演じる紀子が
笠智衆さん演じる舅から 「それでも あんたは ええ 人じゃよ」と
都合3発お見舞いされて泣き崩れるシーンのオマージュに
なることができたねぇ・・・

小津安二郎監督の最期の言葉は
「たとえ映画テレビに取って代わられたとしても
 結局 ホームドラマにつきる」
 である。
『逃げ恥』も如何にも当世のホームドラマであった。
『カルテット』も 風変わりな ホームを無くした者達が
かりそめに集うホームドラマであった。

そして テレビ草創期に 小津監督は
東京放送に出向いて スタッフを指導している。
更に 小津亡き後には マキノ雅弘監督が
現在のTBSである東京放送のドラマディレクターたちを
育成指導している。 
だからこそ ドラマのTBSであるべきなのだ。

【家庭の骸骨】をユーモアまじりに
サスペンスにしてみせた向田邦子さんの
ホームグラウンドは TBSであった。

 私のアイアンドエス時代の同僚 境治さんが Yahoo
『カルテット』を 咀嚼するドラマと 定義していた。
まさに そうであった。 反芻かもしれないな。
繰り返し観るに堪えうるドラマが創られ
それを愉しむ顧客が 生まれてくるというのは
糸井重里さんじゃないけれど ドラッカーの
企業使命とは 顧客の創造である に符合する。
つまり この独りごとは
上々の首尾を以て 締めくくることが できるのであった。

おやおや・・・ためいきって感じ [映画 ]

ラグビーで自陣から敵のボールを奪って
大外駆けあがって スタンドオフにパスし
味方フォワードの駆け上がりを待って
敵のバックス振り切って またスタンドオフに戻って 
なぜかウィングにキックパスなんざして 結局
ノックオン。又は敵のラインアウトで流れが途切れる。

昨夜の『カルテット』の 私の感想でございます。
えぇぇとね ちょっと 振りすぎですね。
この回含めて2回ですよね。 盛りきれないっていうか
受け取れないっすよ。観ている方は。
素直に 近いところにパス繋いでフランカーにトライさせる
ぐらいじゃないとね。考えすぎだなぁ・・・
真紀ちゃんがアキコサンで 継父がやくざだかで
自転車事故死した演歌歌手の母親の補償金を支払わせて
しかも加害者中学二年生の男子の一家離散
・・・ちょっと勘弁してくださいよぉ。
たしかに 宮藤官九郎さん演じる幹生さんの後悔や
計り知れないっす。でもね 画になりきれないよね。
宮藤さんが立派な芝居をしても 。
それに コンビニ強盗初犯で自首して未だ収監中・・・なの?
しかも 富山県警が いきなり飛びつくかね?
14年前のヤマモトアキコなる女性の継父殺し容疑に。
ちょっと 裁判所の裁判記録の採取が不足していないかな?
などという ツッコミを書きたくなるほど
余計なキックパス気味と 私は感じちゃった。

一度 カルテットドーナツホールが崩壊し
再会の最終回というジェットコースターストーリィラインですが
ワンクール12回だったら 構成として在り得ると思うけれど
10回だからね。予め不足している2回分、
都合90分の上映時間というのは
嘗てプログラムピクチャーの上映時間に匹敵するわけです。
『勝手にしやがれ』や『はなればなれに』の物語を描ける時間。
溝口健二だと『祇園の姉妹』 『浪華悲歌』ですね。
ちょっと 勿体ない。 
私は クドカンさんがもう一度うっすらボンヤリと再登場して
迂闊にも 階段踏み外して あの世逝きなんてのが好みだけど。
しかし 
あの北軽井沢で 幹生が警官に自首しようとして
真紀の自動車から「ごめん 遅れちゃって」と声をかけられ
両手で 警官を制して 車に乗り込む仕草は 抜群だった。
宮藤さんじゃなきゃ あれはできないだろう。
フラダンス踊ってるようでないようで。
その次の回で すずめの満島ひかりさんが 夢の中で
別府さんとのデートで 遅れてきた彼を 慌てないでと
笑顔で迎える仕草に あの両手で制する仕草をしていたので
演出の坪井ディレクターが曲者なのか 
それとも 満島さんが そもそも曲者なのかと にやけてしまった。
彼女が ちゃんと宮藤さんのあの素晴らしい仕草を脇で観ていて
これは いけるぜ と思ったかもしれないと想像するからだ。
だとしたら 素敵な そしてガッツ極まる女優魂ですぞ。
坪井さんだとしたら そらねぇ 彼ぐらいの演出家は 見逃さないね。

ついでに。 あのサイコパス娘が自分で不思議の国のアリスちゃん
ってのには 観ている方も口をあんぐり でございました。
好演です。そしてキャスティングに脱帽です。
『逃げ恥』の脚本家が野木亜希子さん。つながりの
ノクターンのマダム役に 八木亜希子さん・・・でも
八木さん 立派な女優さんですね 最早。

Qudokartet クドカンルテット? [映画 ]

宮藤官九郎さんは やっぱり 無双だ。
好い役者だなぁ 先代の勘九郎さんよか
或る意味 巧いぐらいだ。
風貌が 得している。平熱37度2分らしい体つき。
あぁぁ この役者さんで
映画撮りてぇぇぇえ と 最早 見果ての夢を
観ながら 叫んじゃった。
サイコパス娘役の女優さんも 凄いけどね。
前回と今回担当の坪井ディレクターさんも
いいっすね。上手だ。立派だ。いいなぁ。 
『逃げ恥』のガッキーの電車の中での涙
交わらない視線の素晴らしさ と
別の 交わらない視線による
今度は 悲劇の方 残酷な方をおやりで。
なるほど 火曜の夜はTBSってか。
次のドラマ 大変ですね。2作連続で高水準ですぞ。
2クールに 薄めるわけにいかんしね。
でも そりはそりで やりようあるけど
まぁ オイラ 東京放送の社員じゃないから
んなことで 頭遣うのは よそう。

バスオールで 変質者ごっこね
みんな やるんだな。 オイラだけじゃねーんだ。
と 安心したが 私の恋人
あそこまで 喜ばなかったぞなもし。
そのシーンでの クドカンの照れ具合が
もしかして これは アドリブか?
と 思わせるほど 自然な演技でしたな。
松たか子さんも この受け方は 地か?
という感じで 失踪して窃盗犯になりさがった夫に
未だ 恋している ミステリアスな女性を軽やかに
演じられて よかった。 代表作は こっちになるね。
湊なんとかいう人の小説の映画化したのじゃない。
賞は獲ったけど 後味最悪だったもんね。
そんな作品に賞をやる審査員ってのは何者なんだろうか?
まぁ どうでもいいけれど。
どうでもいいけれど ノリで 以下 書きます。

 アリにもなれないキリギリスだけど
もう少し キリギリスでいよう
というわけで 一度 早乙女真紀に戻ったとしても
巻幹生は コンビニ強盗だが 自首し 初犯だ。
賠償金だけで収監すらされないで
「もう一度 やり直そう 真紀ちゃん」
という展開だってありうる。
私は どちらかというとそういうスジにしてしまう方だ。
流石に 幹生が 元の広告代理店に戻るのは
無理だが まぁ 猫をいたずらがきであれぐらい
描けるのだから フリーランスのプランナーぐらい
やっていけないこともなかろう。まだ40代なら。
但し 真紀も 演奏家として稼ぐ覚悟をしないとね。
本郷に棲むのも 暫し諦めれば 
この二人なら やっていけるだろう。
なぜなら
「あの人が一番好きな映画も この詩も 私はちっとも
面白くなかったし 判らなかったの。
でもね そこが とても愉しかった! 」
価値観の違いを愉しめる器は 妻が持っていてもいい。
いや寧ろ それぐらいありがたいことはない。

とはいえ そう言って鍋敷きにした詩集を
あの猫のいたずらがきと
共に暖炉の火にくべてしまったけれど
詩集なんざ又買えばいい。猫の絵など描き直せばいい。
それよりも大切なのは 
其処まで お互いに ベクトルは方向違いだが
愛している 誰よりも愛おしいのベクトルのエナジーは
同じなのだもの
から揚げにレモンじゃなくて 醤油かマヨネーズで
細かいところは 折り合いつけるのも愉しかろうから
よりを戻せば いいじゃないか。
ベクトルのエナジーの方が 方向よりも 大切だ。
愛とは エナジーなのであって 方向など
ビッグバーンが 一方向に向かっていないのだ
一致するわけがないじゃないか 
この三次元の宇宙において!

ひとりよりふたり というのは こういうことかと
妙に 昔むかしの丸井のどうでもいいコピー
思い出していた。

映画『沈黙~サイレンス』感想 [映画 ]

ロドリゴ神父 アンドリュー・ガーフィルド
ガルペ神父 アダム・ドラヴァー (『スターウォーズ・フォースの覚醒でカイロ・レン役)
キチジロー 窪塚洋介
井上筑後守長崎奉行 イッセー尾形
モキチ 塚本晋也
イチゾウ 笈田ヨシ
フェレイラ神父 リーアム・ニーソン (『シンドラーのリスト』でシンドラー役)
撮影 ロドリゴ・プリエト 
以上 メインキャストと撮影監督。敬称略。以下も。

遠藤周作の『沈黙』を私が読んだのは高校生の頃だろう。
はっきり言って 神の沈黙 については判らなかった。
今でも『おバカさん』の方が 日本のカトリック作家として
宮澤賢治が法華経を消化し作品に昇華したように
遠藤周作は成し遂げていると思う。
あて推量でしかないが
イエズス会の背教者 棄教者が実在し 日本に帰化し
幕府の手先のような振る舞いすらして 日本で死んでいく。
その時代劇的な面白味を 遠藤さんは 持て余したかもしれない。
おそらく 司馬遼太郎や大仏次郎なら その部分をもっと
資料を揃えて紙幅を増やしたことだろう。
彼らは 時代小説作家であり 遠藤さんは やはりカトリック作家なのだ。

そしてスコセッシは 汎神論へころんだ彼らを 突き離して
ちょうど良い距離感で 描いていると この映画を観て感じた。
『エセー』でも有名なキリスト教に芽生えた 汎神論
レーモン・スボーンのような事を丁度この小説が舞台になった
時代に論議していたことを 書き添えておきたい。
因みにモンテーニュはカトリックであり スボーンを擁護しきれなかった。
後年 彼の母親がプロテスタントに改宗しショックを受けつつ
カトリーヌ・メディチからアンリ四世の下で宰相就任を要請されたが
ナントの勅令による 寛容の徳を 勧めるだけに終わった。
西欧においても キリスト教は 大きな岐路に立っていた時代である。

 原作の 神よ どうして海はこんなにも碧いのですか
という一節は 映像としてスコセッシはカットしている。
台詞も無い。ただエンドタイトルロールに波の音を響かせている。
やはり只者ではないのだ。この映画監督は!

神の沈黙 ではなく 神父たちの沈黙が 重く我々の胸に迫る。
こういう解釈でも 私は 素晴らしいとつくづく思う。
上記メインキャストは日米共に見事な演技をしている。
原作を超えている。ハリウッド映画は 良い顔を選ぶものだ。
窪塚洋介が 褌一丁でヒョイヒョイと踏み絵に足を乗せては
獄中のロドリゴ神父 告解を聞いてくださいと叫ぶシーンがある。
ザンバラ髪の髭茫々 痩せこけた細い体を猫背にして
うろうろし 何度も踏み絵に足を乗せる姿を観て
福音書の一節を思い出し 唸った。
ルカ伝かマタイ伝だったか・・・ゲッセネマの園から不意に
半裸の男がこそこそと逃げ出す姿を唐突に描写している部分があり
私が脳内で勝手に描いていたその姿と一致していたからだ。
後年 その逃げ出した男こそが 本当のナザレ・イエスであり
磔刑に処されるイエスは 彼のナザレ・イエスのエーテル体だった
という説を シュタイナーだかが解説している文章を読んだ。
まさか この映画で日本人の俳優が
その姿を演じているのを目にするとは!

 撮影監督のプリエトは暗闇を撮るのが巧みだ。
そして全体を覆う絶望感を 見事に 画に ショットにしている。
この映像だけでも 観る事をお薦めしたくなる。

スコセッシは キチジローの弱さをイスカリオテのユダに擬える。
遠藤周作は それを自分自身として描きたがる。
太宰治の露悪趣味は 趣味嗜好でしかないけれど。

 イッセー尾形は 不気味な長崎奉行を飄々と演じて
残酷な仕打ちをしてみせる姿に ゾッとする人も多いだろう。
だが この小説をもし司馬遼太郎が書いていたら必ず一章分は
書いたであろう一向一揆について 日本の観客は
補足しておくべきだろうと思う。
ただし ロドリゴとガルペが日本に上陸して直ぐ
女性の信徒から 「死んだら パライソに行けますね」という質問に
二人の神父は 一度はそれを否定し正しく教えを授けようとするが
結局 止めてしまう。
一向一揆の衆も又 死んだら極楽浄土を確約されていた。
現在のカルト宗教も聖戦と死後の極楽ご利益を説く。
カトリックに そんな教えはないだろうし イスラム教にも
ましてや 殺生を最大の悪行と戒める仏教にありえないのだが
仏陀でなく ブタが憑依した鸚鵡に騙された理知的な若者たちが
似たようなご利益に魅せられていた。米国では ご案内の通りである。

ただ 拷問のシーンを 『ディア・ハンター』で見知った
ベトコン、アジア人の残虐性と同じものとして
欧米で受け取られる危惧は 若干覚える。
戦国大名たちが 長い年月
狂信的な一向宗の一揆に怯え続け
更に 豊臣家再興を目論む者が紛れ込んで 強大な
一揆となった島原の乱に手こずった体験を経て
イッセー尾形演じる 長崎奉行が 凄惨な仕打ちを
キリシタンに示すことを せめて 我々は予め弁えておきたいものだ。
そして イッセー尾形は その意を汲んでか
飄々と 小さな意地悪爺が 時折 慈悲深く見せる姿を
見事に そして 奥行深く演じていると 私は思った。

美しい女性は出てこないが 余りにも大物俳優たちが
米国サイドのキャストにならぶので 見応えがあることは
確かである。
モキチ役の塚本晋也監督は 素晴らしかった。

 巻真紀の夫を演じている脚本家・宮藤官九郎氏の
 期待を上回る名優ぶりについては 次回に。
 しかし 失踪当夜につけたテレビ画面に
 カピバラが映っていたのは 偶然だろうか?
 それとも ちゃんと 『逃げ恥』への挨拶だろうか?


X-ファイル・リブートシーズン1 & 『カルテット』 [映画 ]

駆け足で全6話をDVDで観ましたが
一話 変てこな話があって ちょっと驚いた。
オオトカゲが人間になり 人間存在の本質に
迫る会話劇になる。逸脱しているが 全部観終わると
なかなか 乙でげすな。 ヴォネガットみたいな
台詞回しで わりと良きかな。
で。 
最終6話で また すんごいことになる。
オオトカゲ男の話で スカリーがオオトカゲ男の
妄想シーンでエロエロになっているので 
なんだか妙な親しみを覚えながら観られる。 
 
 第5話。
マジックマッシュルームで
自ら幻覚症状になって 瀕死のアラブ系移民のテロリストから
次のテロ計画を聞きだすモルダウは
精神科で言う偽薬のビタミンB1錠剤でトリップして 
上首尾に事を成し遂げるのだが
あのモルダウ役の俳優さんが 踊るわ ヘラヘラ笑って助平行為に
及ぶは ホントにマジックマッシュルーム使ってないの?
という疑問を残しながらX-ファイル的な行間の妙技を
やらかしているのが 素敵だった。
それにしても 
暗示=サゼスションがこの宇宙の大事大切なのだと
第5話は語っている。
暗示が持つ質量を 人間が測ることができないだけで
脳内に存在するからには ひとつのエネルギーである。
だからこそトリップして脳外に放出されても
エネルギーとして実働することも可能なのだ。
頭の固い若い女性捜査官は そんな事を言う
モルダウを軽蔑するのだが 
ハハハ 彼女はアインシュタインと言う名で
彼女の遠い親戚のおじさんこそが 
エネルギー=質量×光の速度の二乗
という三次元宇宙においての真実を
単純な方程式にした人だってのも
実に アメリカ合衆国のドラマのシナリオライターは
手が込んでいて 愉しめるのであった!

そして
スカリーに移植されていた異星人のDNAこそが 
軍産複合体の悪党どもの
絶望的な悪企みから 人類を救う寸前で
シーズン1は終了している。
どうやら トランプ大統領になっても
リメイクやリブートシリーズとしては異例の高視聴率を叩きだし
FOXTVは 撮影は殆ど終了しているのだろうから
先日 シーズン2を今年放映するのを決定した。 
さて このブログの次回は
スコセッシ監督の『沈黙~サイレンス』の感想を書こうと思う。
そして 
X-ファイル・リブートシーズン2が日本でも放映されるのが
決定したら このブログに 『灰色の肌をした異星人』を
復活しても大丈夫そうだ。
                  ※
 『カルテット』に クドカンが 
松たか子さん演じる巻真紀の失踪した亭主役で!
だいたいこのドラマをはじめて観た時 台詞まわしが
妙にクドカンっぽいかぶせ技があり
脚本宮藤官九郎というタイトルロールを予測していたのだった。
あら 違うんだ と思ったぐらいだったので驚いた。
役者としのクドカンも 得難い存在だ。
こんな変な風貌した奴は そこいらにいそうでいないが
映画とかドラマといった虚構の世界にあって
とても必要な存在だ。伊藤雄之助さんみたいにね。