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生活のたのしみ展 [雑感]

株式会社ほぼ日さんの 六本木ヒルズにおける
生活のたのしみ展に 最終日 寒の戻りの雨降る日曜に
ちょいと 伺いました。
雨だし寒いし 3時近くでも 『カルテット』で
フードスタイリストを務められた飯島さんの定食や
カレーの学校の水野さんのカレーどちらかには 
間に合うだろうと 高を括って でかけた。
グッチとかボッテカベナタとか あっしには関わり合いの無い
ブランドショップが立ち並ぶ通りを抜けていくと
キャハハハと思わず声を立てた ほぼ日の出店たち!
なんだか おいおい学園祭のノリだぜぇえ と
妙なテンションの上がり方をして いきなり  
大橋歩さんのブースに並んで 小さな絵を観て 
更に美大の学園祭に行った記憶が蘇る。そして
画を描きたいなぁと 呟きつつ あれこれ眺める。

 六本木ヒルズに立ち並ぶ 横文字の店たちは
井上陽水さんの名曲『長い坂の絵のフレーム』の一節を
私に口づさむことを 余儀なくさせる
♪ 満ち足りた人々の思い上がりを眺めては
のところとか 
♪ 僕たちは生まれつき悩み上手にできている
   暗がりで映画まで涙ながらに眺めてる
♪ 訳もなく悲しみの人 意味も無く幸せな人
世界、空気感に満ちている。
その長いトンネルを抜けるとそこは 学園祭だったのだ。

うろうろしているうちに 生活のおたのしみ食堂を探す。
ほぼ日の人に訊く どこで食べられます?
ほぼ日の方 目を丸くして
「飯島さんの方も水野さんのカレーも完売です・・・」
あぁぁぁ 時すでにお寿司 いや遅し。

 大橋さんのブースというかお店出た時
パイプチェアーに座ったベレー帽のおじさんが居たが
そうか やっぱり糸井さんだったか。
まさか 背後から 挨拶できるほど親しくも無く
かといって そんな無礼は幾ら親しかったとしても
できるものではない。
なんせ 糸井さん サイン会してらしたらしい。

 アメ横に行くと今でもあんな感じで店が並ぶ。
 築地市場にも似たような活気が在る。

そんな活気を以て 市場、顧客の創造をされることを
願うばかりであります。 マーケットの創造より
マルシェを創っちゃいましたぁ の方が ほぼ日っぽいかも。

そして この世で初めて 市を立てる(マルシェを創った) 
ということを為さったのが
スサノオノミコト様であることを 記しておきましょう。
織田信長の楽市楽座なんざ その真似の真似の真似
ということを 歴史の教科書で教えましょうね。

 我が国の正しい歴史は 古事記を正しい流れに
戻すことからです。天祖は素戔嗚尊様ですから。
日本会議とやらの幕末維新の国家神道を
復活させる岩戸閉の者達など 何をかいわんやでござるよ。
世の人々よ くれぐれも お気を付けあそばせ。

というわけで 私は結局 
大門の国際貿易センター地下で
食後に煙草が喫える 札幌本舗にて
久しぶりにチャーハンと餃子を頂いて満足満足。
此処の餃子は 美味すぎた。餃子ライスでよかった。
といってチャーハンも 美味すぎた。
美味すぎるものが 重なるのも考え物だな。


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カルロスを愉しむべきかと。 [映画 ]

カルテット ロスを略して カルロス。
なんだかスペインの王様みたいだ。

しかし ドラマTBSは 復活したようですね。
土井・金子・坪井といったディレクター陣は
『JIN』を担った方々でもある。
一方で 日曜は勧善懲悪ということで
検事・クリュウコウヘイを 医者にして 懲悪を疾病に置き換え
やはり 浅野忠信さんの演技力でなんとかかんとか
視聴率を稼ぎ出したけれど 
『逃げ恥』から怒涛の『カルテット』で
映画とテレビドラマの垣根を取っ払い
繰り返しみたくなる 映像と音が織りなす感情教育が
ホームドラマを主旋律にしてこれからも奏でられていくことを
世間の片隅から 祈り願うばかりであります。

ところで 前回のスティックボムなるドミノゲームシーン。
あれはテスト本番テイクで 本当は すずめが
スマホで撮影するなんて なかったんじゃないかしらね?
松田&高橋両氏が 余りにもリラックスしていて
松&満島両氏は とりあえず やってみませう のノリで
あやうく 役名でなく 高橋さんとか松田さんとか叫んでいたような
いないような。あの手のモノを遣う時は
次のテイクの為に近場に7割程度組み立てたのを用意し
とりあえずは テスト本番を一番最初からするけれど
おそらく一発OK想定していなかったから
すずめとしてでなく 満島さんが スマホ持って
追っかけたようにしか見えなかった。
だが あっさり 一発OK。ミゾミゾするぅう と叫ばれてましたが
そう 確かに 或る意味 ワンシーンワンカットというか
長回し移動撮影で溝口健二・感ありです。 
そのスマホ撮影カットを ドラマ内で流石に編集しなかったけれど
ドラマ公式ツィッターで公開する。 
そうして 観衆は 双方向感を疑似的であれ体感しながら
感情教育の世界にどっぷり浸る 愉しみ方を切り拓かれてしまった。
これは 面白いことかもしれない。
映画が 別の段階へと足を踏み入れたかもしれない。
3Dとかコンピューターグラフィックなどの
文字通りのモノモノしさ ではなく 見ず知らずの人々が
一斉に想いを語り合い 感情を溢れさせてしまうのは
このドラマの登場人物たちと同じ感情を追体験してしまっている。
これを ただ 商売に遣う方々もおられるだろうが
これを もっと 崇高な世界へと導く手立てにできる人々いるはずだ。

リスが 小さいおにぎりを頬張るショットは 各自自己の記憶映像で
脳内再生するより他はかなったが ちょろりと アニメっぽいリスが
出てきたり このスタッフは サーヴィス精神が旺盛だ。

あのサイコパス娘が 「人生なんて ちょろい」と大笑いするショットを
多くの人が 嫌悪感より 寧ろ共感というか ホッとしたようだ。
なぜなら 彼女は 観衆としてカルッテトドーナツホールに
見惚れていたから。 
惜しむらくは 巻幹生と鏡子の親子が
絡み込めなかった。 それとて
このドラマにはまり 愛した人々は カルロスの中で
自分なりのバージョンを脳内に紡ぎだす喜びに出遭うだろう。
いっそ 公式ホームページに 様々な人々の
其の後のドーナッツホールのドラマのあらすじ投稿を暫く受け入れて
全てを公開しておくといい。 それが このチームを
更なるドラマを企てる素晴らしい 何かになるだろうから。

 劇中 カルテットドーナツホール宛の
手紙が のくた庵に届く。痛烈な批判である。
なぜ あなた達は 下手くそなのに 演奏者を続けるのか
その手紙の主と思わしき 野球帽を目深に被った
楽器を携えて客席から 観衆として見詰める女性が
台詞一つなく きちんと画面に登場していた。
あて推量でしかないけれど
あの手紙は ドラマのホームページのBBSに
書き込まれたりしていたものかもしれない。
そういう文面の手紙が TBSに届いていたのかも。
それほど このドラマに嵌り込んだ人が存在するかもしれない。
それを シナリオに活かしていたとしたら 途方もなく面白い。
と 私は思う。
あの役で椎名林檎さんが出てたら変でしょ。
彼女なら もっとカメオっぽく のくた庵の席で
ご飯食べてたりするんじゃないかね?
にしても 坂本美雨さんが 演歌歌手の母親役ってのも凄かった。
あの歌 彼女が作ってたりするのか という勘ぐりもしたが
ありえない。ありえない。
というか あの役で林檎さん出演してたら
どうなってたでしょうか? という想像するだけでミゾミゾする。


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前言撤回申し上げます・・・カルテットはあれでいいのだ [映画 ]

『カルテット』第九話をもう一度観なおしたら
キックパス気味では なかったです。
松たか子さんの 正体ばれた直後の動顛する様子を
観ていると 彼女が 前回で
「今 このまま 此処で死ねたら最高ってくらい
 この4人でいることが 愉しいです」 とか
幹生さんと逃避行すると主張した際にも
「いらない! こんな人間の人生なんていらない
だから 一緒に 逃げよう」と 叫んでもいたのを
思い出した。
なるほど。その伏線からすれば致し方ない。
ヤマモトアキコとしての人生を棄てたくなるほどに
しなくてはならないんだ。
松さんの動顛具合が 素晴らしかった。坪井ディレクターの
導き方も さぞかし 巧かったのだろうと思う。

スクェアダンスを踊っちゃあいられないわけだな。

さて。 宮藤官九郎さんが 取調室で両掌で顔を覆って啼く
シーンがある。号泣以外ありえない状況である。
申し分ないのだが  欲を言えば
あそこまでローアングルにしないで カメラ位置も
正面で 取調室の机がフレームの下 8分の1占める程度の
水平に近いローアングルだと
東京物語』のクライマックス 原節子さん演じる紀子が
笠智衆さん演じる舅から 「それでも あんたは ええ 人じゃよ」と
都合3発お見舞いされて泣き崩れるシーンのオマージュに
なることができたねぇ・・・

小津安二郎監督の最期の言葉は
「たとえ映画テレビに取って代わられたとしても
 結局 ホームドラマにつきる」
 である。
『逃げ恥』も如何にも当世のホームドラマであった。
『カルテット』も 風変わりな ホームを無くした者達が
かりそめに集うホームドラマであった。

そして テレビ草創期に 小津監督は
東京放送に出向いて スタッフを指導している。
更に 小津亡き後には マキノ雅弘監督が
現在のTBSである東京放送のドラマディレクターたちを
育成指導している。 
だからこそ ドラマのTBSであるべきなのだ。

【家庭の骸骨】をユーモアまじりに
サスペンスにしてみせた向田邦子さんの
ホームグラウンドは TBSであった。

 私のアイアンドエス時代の同僚 境治さんが Yahoo
『カルテット』を 咀嚼するドラマと 定義していた。
まさに そうであった。 反芻かもしれないな。
繰り返し観るに堪えうるドラマが創られ
それを愉しむ顧客が 生まれてくるというのは
糸井重里さんじゃないけれど ドラッカーの
企業使命とは 顧客の創造である に符合する。
つまり この独りごとは
上々の首尾を以て 締めくくることが できるのであった。

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おやおや・・・ためいきって感じ [映画 ]

ラグビーで自陣から敵のボールを奪って
大外駆けあがって スタンドオフにパスし
味方フォワードの駆け上がりを待って
敵のバックス振り切って またスタンドオフに戻って 
なぜかウィングにキックパスなんざして 結局
ノックオン。又は敵のラインアウトで流れが途切れる。

昨夜の『カルテット』の 私の感想でございます。
えぇぇとね ちょっと 振りすぎですね。
この回含めて2回ですよね。 盛りきれないっていうか
受け取れないっすよ。観ている方は。
素直に 近いところにパス繋いでフランカーにトライさせる
ぐらいじゃないとね。考えすぎだなぁ・・・
真紀ちゃんがアキコサンで 継父がやくざだかで
自転車事故死した演歌歌手の母親の補償金を支払わせて
しかも加害者中学二年生の男子の一家離散
・・・ちょっと勘弁してくださいよぉ。
たしかに 宮藤官九郎さん演じる幹生さんの後悔や
計り知れないっす。でもね 画になりきれないよね。
宮藤さんが立派な芝居をしても 。
それに コンビニ強盗初犯で自首して未だ収監中・・・なの?
しかも 富山県警が いきなり飛びつくかね?
14年前のヤマモトアキコなる女性の継父殺し容疑に。
ちょっと 裁判所の裁判記録の採取が不足していないかな?
などという ツッコミを書きたくなるほど
余計なキックパス気味と 私は感じちゃった。

一度 カルテットドーナツホールが崩壊し
再会の最終回というジェットコースターストーリィラインですが
ワンクール12回だったら 構成として在り得ると思うけれど
10回だからね。予め不足している2回分、
都合90分の上映時間というのは
嘗てプログラムピクチャーの上映時間に匹敵するわけです。
『勝手にしやがれ』や『はなればなれに』の物語を描ける時間。
溝口健二だと『祇園の姉妹』 『浪華悲歌』ですね。
ちょっと 勿体ない。 
私は クドカンさんがもう一度うっすらボンヤリと再登場して
迂闊にも 階段踏み外して あの世逝きなんてのが好みだけど。
しかし 
あの北軽井沢で 幹生が警官に自首しようとして
真紀の自動車から「ごめん 遅れちゃって」と声をかけられ
両手で 警官を制して 車に乗り込む仕草は 抜群だった。
宮藤さんじゃなきゃ あれはできないだろう。
フラダンス踊ってるようでないようで。
その次の回で すずめの満島ひかりさんが 夢の中で
別府さんとのデートで 遅れてきた彼を 慌てないでと
笑顔で迎える仕草に あの両手で制する仕草をしていたので
演出の坪井ディレクターが曲者なのか 
それとも 満島さんが そもそも曲者なのかと にやけてしまった。
彼女が ちゃんと宮藤さんのあの素晴らしい仕草を脇で観ていて
これは いけるぜ と思ったかもしれないと想像するからだ。
だとしたら 素敵な そしてガッツ極まる女優魂ですぞ。
坪井さんだとしたら そらねぇ 彼ぐらいの演出家は 見逃さないね。

ついでに。 あのサイコパス娘が自分で不思議の国のアリスちゃん
ってのには 観ている方も口をあんぐり でございました。
好演です。そしてキャスティングに脱帽です。
『逃げ恥』の脚本家が野木亜希子さん。つながりの
ノクターンのマダム役に 八木亜希子さん・・・でも
八木さん 立派な女優さんですね 最早。

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スクェアダンスの気配 [小説と映画]

昨夜の『カルテット』で宅建資格を活かして
すずめが北軽井沢の不動産屋に就活する。
ミッキーカーチスさん演ずるダンディーな社長の
眼鏡をずらす仕草を交えて御機嫌に踊る
すずめ役の満島ひかりさんを 移動撮影でとらえる。
『ララランド』ってアタクシ観てないけど こんな雰囲気?
ミゾミゾ=溝口健二如くクレーンで移動し撮影していた!
で 漸くアタクシも ミゾミゾ感を堪能させて頂いたのだった。

ほぼ確実なことは
満島ひかりさんにとっても
このドラマは彼女の代表作の一つになるはずだ。
ガムテープで口塞ぐのはきつかっただろう。
それを一気に剥すのは もっと辛い。
ベッドシーンよりも 女優にとってナンボか辛かろう。
だが それを耐えたご褒美に
この回では 御機嫌に歌って踊ったし あの不動産屋さんは
白雪姫の七人の小人的存在で ホークスっぽかった。

せいてい じゃなくて成程 
このドラマは四角関係だったのだ!
こっちで ゴダールの『はなればなれに』における
スクェアダンスを おやりになる・・・・かもね。
『逃げ恥』だとね ガッキーという
アンナ・カリーナによく似た女優さんで おやりにと
こちとら思いますがな。ただ 余りにも彼女の
エンドロールダンスが 素晴らしすぎたから。
と 又 アタクシは 一人 思い込みを激しくする。

 マスカーニのオペラのアリアが巻夫妻の出会い
別れを色どったわけだが そのオペラの
筋書きが 或る夫妻とそこへ割り込む男との
三角関係で 結末は 夫さんと割り込み君の
決闘によって夫さんが お亡くなりなるんだそうで
それを示唆しているのだという指摘が ある。
ところが あれれれ・・・ なんだなんだ
真紀さんってのが 謎が謎呼ぶ設定だったんだねぇ
なんだこの複雑さは! 漫画原作じゃないから
監督と脚本家の丁々発止がせめぎ合っていいじゃないか!
こうでなくっちゃね♡ 
アタクシの二つの小説はパラレルワールドの合わせ鏡だが
それを統合する役割をする存在がいる。
それは 異星人・・・・じゃなくて アルザル・シャンバラ人という
もう一つの地球人たちだったりするけど
まさかねぇ 早乙女真紀と名乗る女性が
パラレルワールドを統合するアルザル・シャンバラ人なんて
ことにはならないよねぇ 絶対に。
いきなりこんな変なことを書くかと言えば 私の小説で
アルザル・シャンバラ人は 五十嵐知日子という名前で 
両方の小説に出てくるのだが
昨日 千葉の両親宅から帰る地下鉄の中で
アタクシが小説に書いた五十嵐知日子が
ずーっとアタクシの前の席に座っていたので
寝不足気味のアタクシは 眩暈を覚えた。

まぁ 現実の頑なさに その硬さに ちょっと
やるせなさを覚えると それを 忘れさせる出来事が
表出したりするのも この世らしさである。私の人生には
よくあることなのだ。
そして 『カルテット』のようなドラマが放映されているのが
この時期に重なるってのも 
かなりシャレオツな宇宙の冗談である。


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Qudokartet クドカンルテット? [映画 ]

宮藤官九郎さんは やっぱり 無双だ。
好い役者だなぁ 先代の勘九郎さんよか
或る意味 巧いぐらいだ。
風貌が 得している。平熱37度2分らしい体つき。
あぁぁ この役者さんで
映画撮りてぇぇぇえ と 最早 見果ての夢を
観ながら 叫んじゃった。
サイコパス娘役の女優さんも 凄いけどね。
前回と今回担当の坪井ディレクターさんも
いいっすね。上手だ。立派だ。いいなぁ。 
『逃げ恥』のガッキーの電車の中での涙
交わらない視線の素晴らしさ と
別の 交わらない視線による
今度は 悲劇の方 残酷な方をおやりで。
なるほど 火曜の夜はTBSってか。
次のドラマ 大変ですね。2作連続で高水準ですぞ。
2クールに 薄めるわけにいかんしね。
でも そりはそりで やりようあるけど
まぁ オイラ 東京放送の社員じゃないから
んなことで 頭遣うのは よそう。

バスオールで 変質者ごっこね
みんな やるんだな。 オイラだけじゃねーんだ。
と 安心したが 私の恋人
あそこまで 喜ばなかったぞなもし。
そのシーンでの クドカンの照れ具合が
もしかして これは アドリブか?
と 思わせるほど 自然な演技でしたな。
松たか子さんも この受け方は 地か?
という感じで 失踪して窃盗犯になりさがった夫に
未だ 恋している ミステリアスな女性を軽やかに
演じられて よかった。 代表作は こっちになるね。
湊なんとかいう人の小説の映画化したのじゃない。
賞は獲ったけど 後味最悪だったもんね。
そんな作品に賞をやる審査員ってのは何者なんだろうか?
まぁ どうでもいいけれど。
どうでもいいけれど ノリで 以下 書きます。

 アリにもなれないキリギリスだけど
もう少し キリギリスでいよう
というわけで 一度 早乙女真紀に戻ったとしても
巻幹生は コンビニ強盗だが 自首し 初犯だ。
賠償金だけで収監すらされないで
「もう一度 やり直そう 真紀ちゃん」
という展開だってありうる。
私は どちらかというとそういうスジにしてしまう方だ。
流石に 幹生が 元の広告代理店に戻るのは
無理だが まぁ 猫をいたずらがきであれぐらい
描けるのだから フリーランスのプランナーぐらい
やっていけないこともなかろう。まだ40代なら。
但し 真紀も 演奏家として稼ぐ覚悟をしないとね。
本郷に棲むのも 暫し諦めれば 
この二人なら やっていけるだろう。
なぜなら
「あの人が一番好きな映画も この詩も 私はちっとも
面白くなかったし 判らなかったの。
でもね そこが とても愉しかった! 」
価値観の違いを愉しめる器は 妻が持っていてもいい。
いや寧ろ それぐらいありがたいことはない。

とはいえ そう言って鍋敷きにした詩集を
あの猫のいたずらがきと
共に暖炉の火にくべてしまったけれど
詩集なんざ又買えばいい。猫の絵など描き直せばいい。
それよりも大切なのは 
其処まで お互いに ベクトルは方向違いだが
愛している 誰よりも愛おしいのベクトルのエナジーは
同じなのだもの
から揚げにレモンじゃなくて 醤油かマヨネーズで
細かいところは 折り合いつけるのも愉しかろうから
よりを戻せば いいじゃないか。
ベクトルのエナジーの方が 方向よりも 大切だ。
愛とは エナジーなのであって 方向など
ビッグバーンが 一方向に向かっていないのだ
一致するわけがないじゃないか 
この三次元の宇宙において!

ひとりよりふたり というのは こういうことかと
妙に 昔むかしの丸井のどうでもいいコピー
思い出していた。
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映画『沈黙~サイレンス』感想 [映画 ]

ロドリゴ神父 アンドリュー・ガーフィルド
ガルペ神父 アダム・ドラヴァー (『スターウォーズ・フォースの覚醒でカイロ・レン役)
キチジロー 窪塚洋介
井上筑後守長崎奉行 イッセー尾形
モキチ 塚本晋也
イチゾウ 笈田ヨシ
フェレイラ神父 リーアム・ニーソン (『シンドラーのリスト』でシンドラー役)
撮影 ロドリゴ・プリエト 
以上 メインキャストと撮影監督。敬称略。以下も。

遠藤周作の『沈黙』を私が読んだのは高校生の頃だろう。
はっきり言って 神の沈黙 については判らなかった。
今でも『おバカさん』の方が 日本のカトリック作家として
宮澤賢治が法華経を消化し作品に昇華したように
遠藤周作は成し遂げていると思う。
あて推量でしかないが
イエズス会の背教者 棄教者が実在し 日本に帰化し
幕府の手先のような振る舞いすらして 日本で死んでいく。
その時代劇的な面白味を 遠藤さんは 持て余したかもしれない。
おそらく 司馬遼太郎や大仏次郎なら その部分をもっと
資料を揃えて紙幅を増やしたことだろう。
彼らは 時代小説作家であり 遠藤さんは やはりカトリック作家なのだ。

そしてスコセッシは 汎神論へころんだ彼らを 突き離して
ちょうど良い距離感で 描いていると この映画を観て感じた。
『エセー』でも有名なキリスト教に芽生えた 汎神論
レーモン・スボーンのような事を丁度この小説が舞台になった
時代に論議していたことを 書き添えておきたい。
因みにモンテーニュはカトリックであり スボーンを擁護しきれなかった。
後年 彼の母親がプロテスタントに改宗しショックを受けつつ
カトリーヌ・メディチからアンリ四世の下で宰相就任を要請されたが
ナントの勅令による 寛容の徳を 勧めるだけに終わった。
西欧においても キリスト教は 大きな岐路に立っていた時代である。

 原作の 神よ どうして海はこんなにも碧いのですか
という一節は 映像としてスコセッシはカットしている。
台詞も無い。ただエンドタイトルロールに波の音を響かせている。
やはり只者ではないのだ。この映画監督は!

神の沈黙 ではなく 神父たちの沈黙が 重く我々の胸に迫る。
こういう解釈でも 私は 素晴らしいとつくづく思う。
上記メインキャストは日米共に見事な演技をしている。
原作を超えている。ハリウッド映画は 良い顔を選ぶものだ。
窪塚洋介が 褌一丁でヒョイヒョイと踏み絵に足を乗せては
獄中のロドリゴ神父 告解を聞いてくださいと叫ぶシーンがある。
ザンバラ髪の髭茫々 痩せこけた細い体を猫背にして
うろうろし 何度も踏み絵に足を乗せる姿を観て
福音書の一節を思い出し 唸った。
ルカ伝かマタイ伝だったか・・・ゲッセネマの園から不意に
半裸の男がこそこそと逃げ出す姿を唐突に描写している部分があり
私が脳内で勝手に描いていたその姿と一致していたからだ。
後年 その逃げ出した男こそが 本当のナザレ・イエスであり
磔刑に処されるイエスは 彼のナザレ・イエスのエーテル体だった
という説を シュタイナーだかが解説している文章を読んだ。
まさか この映画で日本人の俳優が
その姿を演じているのを目にするとは!

 撮影監督のプリエトは暗闇を撮るのが巧みだ。
そして全体を覆う絶望感を 見事に 画に ショットにしている。
この映像だけでも 観る事をお薦めしたくなる。

スコセッシは キチジローの弱さをイスカリオテのユダに擬える。
遠藤周作は それを自分自身として描きたがる。
太宰治の露悪趣味は 趣味嗜好でしかないけれど。

 イッセー尾形は 不気味な長崎奉行を飄々と演じて
残酷な仕打ちをしてみせる姿に ゾッとする人も多いだろう。
だが この小説をもし司馬遼太郎が書いていたら必ず一章分は
書いたであろう一向一揆について 日本の観客は
補足しておくべきだろうと思う。
ただし ロドリゴとガルペが日本に上陸して直ぐ
女性の信徒から 「死んだら パライソに行けますね」という質問に
二人の神父は 一度はそれを否定し正しく教えを授けようとするが
結局 止めてしまう。
一向一揆の衆も又 死んだら極楽浄土を確約されていた。
現在のカルト宗教も聖戦と死後の極楽ご利益を説く。
カトリックに そんな教えはないだろうし イスラム教にも
ましてや 殺生を最大の悪行と戒める仏教にありえないのだが
仏陀でなく ブタが憑依した鸚鵡に騙された理知的な若者たちが
似たようなご利益に魅せられていた。米国では ご案内の通りである。

ただ 拷問のシーンを 『ディア・ハンター』で見知った
ベトコン、アジア人の残虐性と同じものとして
欧米で受け取られる危惧は 若干覚える。
戦国大名たちが 長い年月
狂信的な一向宗の一揆に怯え続け
更に 豊臣家再興を目論む者が紛れ込んで 強大な
一揆となった島原の乱に手こずった体験を経て
イッセー尾形演じる 長崎奉行が 凄惨な仕打ちを
キリシタンに示すことを せめて 我々は予め弁えておきたいものだ。
そして イッセー尾形は その意を汲んでか
飄々と 小さな意地悪爺が 時折 慈悲深く見せる姿を
見事に そして 奥行深く演じていると 私は思った。

美しい女性は出てこないが 余りにも大物俳優たちが
米国サイドのキャストにならぶので 見応えがあることは
確かである。
モキチ役の塚本晋也監督は 素晴らしかった。

 巻真紀の夫を演じている脚本家・宮藤官九郎氏の
 期待を上回る名優ぶりについては 次回に。
 しかし 失踪当夜につけたテレビ画面に
 カピバラが映っていたのは 偶然だろうか?
 それとも ちゃんと 『逃げ恥』への挨拶だろうか?


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X-ファイル・リブートシーズン1 & 『カルテット』 [映画 ]

駆け足で全6話をDVDで観ましたが
一話 変てこな話があって ちょっと驚いた。
オオトカゲが人間になり 人間存在の本質に
迫る会話劇になる。逸脱しているが 全部観終わると
なかなか 乙でげすな。 ヴォネガットみたいな
台詞回しで わりと良きかな。
で。 
最終6話で また すんごいことになる。
オオトカゲ男の話で スカリーがオオトカゲ男の
妄想シーンでエロエロになっているので 
なんだか妙な親しみを覚えながら観られる。 
 
 第5話。
マジックマッシュルームで
自ら幻覚症状になって 瀕死のアラブ系移民のテロリストから
次のテロ計画を聞きだすモルダウは
精神科で言う偽薬のビタミンB1錠剤でトリップして 
上首尾に事を成し遂げるのだが
あのモルダウ役の俳優さんが 踊るわ ヘラヘラ笑って助平行為に
及ぶは ホントにマジックマッシュルーム使ってないの?
という疑問を残しながらX-ファイル的な行間の妙技を
やらかしているのが 素敵だった。
それにしても 
暗示=サゼスションがこの宇宙の大事大切なのだと
第5話は語っている。
暗示が持つ質量を 人間が測ることができないだけで
脳内に存在するからには ひとつのエネルギーである。
だからこそトリップして脳外に放出されても
エネルギーとして実働することも可能なのだ。
頭の固い若い女性捜査官は そんな事を言う
モルダウを軽蔑するのだが 
ハハハ 彼女はアインシュタインと言う名で
彼女の遠い親戚のおじさんこそが 
エネルギー=質量×光の速度の二乗
という三次元宇宙においての真実を
単純な方程式にした人だってのも
実に アメリカ合衆国のドラマのシナリオライターは
手が込んでいて 愉しめるのであった!

そして
スカリーに移植されていた異星人のDNAこそが 
軍産複合体の悪党どもの
絶望的な悪企みから 人類を救う寸前で
シーズン1は終了している。
どうやら トランプ大統領になっても
リメイクやリブートシリーズとしては異例の高視聴率を叩きだし
FOXTVは 撮影は殆ど終了しているのだろうから
先日 シーズン2を今年放映するのを決定した。 
さて このブログの次回は
スコセッシ監督の『沈黙~サイレンス』の感想を書こうと思う。
そして 
X-ファイル・リブートシーズン2が日本でも放映されるのが
決定したら このブログに 『灰色の肌をした異星人』を
復活しても大丈夫そうだ。
                  ※
 『カルテット』に クドカンが 
松たか子さん演じる巻真紀の失踪した亭主役で!
だいたいこのドラマをはじめて観た時 台詞まわしが
妙にクドカンっぽいかぶせ技があり
脚本宮藤官九郎というタイトルロールを予測していたのだった。
あら 違うんだ と思ったぐらいだったので驚いた。
役者としのクドカンも 得難い存在だ。
こんな変な風貌した奴は そこいらにいそうでいないが
映画とかドラマといった虚構の世界にあって
とても必要な存在だ。伊藤雄之助さんみたいにね。
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ほぼ日の凄味 [雑感]

え~上場されるそうで おめでとうございます。

でも そんな事を書きたいのではないのである。
ほぼ日の手帳も日記帳としては使いづらい。
余りにも盛り込まれ過ぎていて 私は
ロイヤルブルーのカバーにだけ食指が動いたのみ。
かといって嘗て大貫卓也氏が新潮社の文庫本を
白紙の日記にしたのは 縦書きだし 幾らなんでも
書きづらい綴じだし 紙の質も趣向がなく
グラフィックデザイナーなんぞこんな手合いか・・・。
と ガッカリしたが ほぼ日の手帳は そんなことはない。
ただ 日記として使いたい者としては 日付が大きすぎるし
糸井さんの面白げな箴言は 巻末に纏めてほしいしが
紙の質は書きやすいし 綴じも マイページより遥かに芸がある。
だが
そんなことを書きたいのではないのだ。

ほぼ日のコンテンツ一覧をこないだなんとなく探っていて
はじめてのジャズ】というのに遭遇したのである。
タモリさん山下洋輔さんそして糸井さんが
ジャズ入門として実演もまじえて解説するコンテンツ。
素晴らしかった! 
柳家喬太郎師匠の高座で腹が捩じれるほど哄笑して以来の
ファルスの嵐! アタクシは 文字をたどりながら
ファルス体験したのは 何以来だらうか? と旧仮名遣いしたくなる。
ファルスですよ。アータ。さうだ ガルガンチュワ物語以来だ!
モンテーニュのエセーでもファルスに襲われたことがある。
遠藤周作さんが北杜夫さんのお見舞いに
ムエロンを十個持って という狐狸庵閑話以来かもしれぬって
なんだかなぁ~って 阿藤快じゃないけど
そーいえば死んじゃったけど それはともかく

此処へたどり着いてしまった方々よ 今すぐ
ほぼ日の【はじめてのジャズ】へ 飛んでください!
コンテンツ一覧の は行をプルダウンしてみそ。
明日の寒い日曜を 笑ってお過ごしなさいませ♪

タモリさんのボケ&ツッコミを糸井さんが絶妙なパスワークを
する。山下洋輔さんが ガハハハと笑いながら
愚直に 突進する。まるでシャンパンラグビーを観ている
痛快さがあり 且つ タモリさんの虚を突く言質が
ファルス=哄笑のキッカケなのだが それを
糸井さんがちょっと横に振ったり 足にかけて流す。
山下さんはフリージャズの巨人だが 愚直にかけながし気味の
糸井さんが繰り出すパスに応じてかっこ良い!
それを見逃してなるものかと 更にタモリさんが
味方なのにタックルしてノックオン取りに行く
・・・感じ。
ンなこと言っても ラグビー好きでもない人には
何が何やら判らんだろうけど。
兎に角 一読の価値は大いにある。
このコンテンツの映像収録物があったら 是非買ってでも観たい。
然るに
ほぼ日では このような凄いコンテンツを無料で提供している。
凄い。 そこが凄いから ほぼ日の凄味とはそういうことである。
しかも 新聞なのに広告収入じゃない。
媒体収入でなく 自前のクリエティブエージェンシーとしての
マーケティングをし ブランド作りをしながら である。
これは ほぼ 片岡敏郎の【スモカ】以来の 
我が国の広告屋のアメリカンドリームなのだが
それを 達成されたのは 凄く 偉いと 思うのであった。

重ねて思うのだが 
糸井さんは野球好きでつとに有名である。ところが
本当は 十代の頃 ラグビー部に入ってスタンドオフをやりたかったのに
ロックとかフランカーになれと言われてラグビー部をやめ
しょうことなしに野球好きになってしまった人なのではなかろうか?と。
それが 先年のラグビーワールドカップで
ついぞ封印していたラグビーへの思いが溢れて
あのVAN99の跡地から
秩父宮ラグビー場近くへ 事務所を移転してしまったのかもしれない。

糸井さんの言葉の運動神経はスタンドオフ的であり
打者対投手の駆け引き的な運動神経とは
別のものだと アタクシは 感じたのであった。

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X File 2016シーズンについて [映画 ]

やっとDVDで最初の2話分を観ただけですが
UFOやロズウェルの国家資料を公開することを
公約していたヒラリーが大統領にならなかったので
2017シーズンなんてのは 在り得ないのかもしれませんね。
まさか共和党の しかも不動産屋上がりの変人が大統領になるとは
FOX TVも想定外だったでしょう。

さて。 漸く X FILEの奥歯に挟まったモノを吐き出した。
それが このシリーズ。異星人の誘拐アブダクションによる
人体実験は 軍産複合体(共同体)の仕業と明言している。
そして 異星人は 人類の破滅と地球の崩壊の危機から救う
手助けをし続けている存在であることも!
本当は アルザル・シャンバラ人ですけどね(笑)
共和党アイゼンハ-ワー大統領の退任演説で 
この軍人出身の大統領は
「我々の自由の鼎を危うくする存在」として軍産複合体を批難し
政権を民主党のケネディに委ねる。
そして 彼はフリーエネルギー機関や空飛ぶ円盤で宇宙開発をする
計画を発表する寸前に暗殺される。第35代大統領である。
アメリカ合衆国は自動車でなく フリーエネルギーシステム
空飛ぶ円盤で 世界を変え ナンバーワン国家になれたのに
石油とか飛行機製造会社とか自動車会社から潰されたわけだ。
愚かしい。 バックミンスター・フラーやニコラ・テスラのような
偉大な発明家がどっさりいる国だったのに!
花札大統領じゃなかったトランプ大統領よ
アメリカ第一主義に本当になりたいなら
空飛ぶ円盤とフリーエネルギー機関を米国製造業の目玉として
バンバン輸出することだ!つまらない大統領令など
頻発させていないで 軍産複合体が ぶっ魂消るような
大統領令を発令すべきだ。プーチンなんか尊敬していないで
フラーやテスラを尊敬すべきだと思うなぁ。しないだろうけど。
ビフ・タネンのモデルだから。
と 呟いておきます。

 蓋し ヒラリーは第45代大統領になるにあたって 
上記公約を巧く使ったのだ。
なぜなら このドラマの中でもサラリと触れたが
2012年に 軍産複合体は大きな内部分裂を起こしたので
最早一枚岩ではないのだ。9.11は軍産複合体がいよいよ
合衆国乗っ取りに勢いをつける仕儀だったが
3.11は 却って 最上層部の逆鱗を買って
内部分裂を起こす キッカケになったのだろう。
2002年でX Fileは 中途半端に一度終焉している。
なぜ 14年経って 再び登場したかを 勘ぐる必要がある。

未だに彼ら軍産複合体は 金融工学で 
隠された金本位制を自由にしようとしているが
どうやら それも インドの数学に敗北しそうだ。
インドは全国民にクレジットカードを国が分配して通貨を無くす気配だ。
それが意味する事は 清教徒(クリスチャン・イスラエル)の末裔たる
発明家・思想家バックミンスター・フラーが
予測していた方向へ
インドが向かいつつあるということなのかもしれない。
この事実に対峙しつつある 米国の軍産複合体は
移民排斥主義者の第45代大統領をどう扱うか・・・ 
米国の金融工学やIT又はバイオテクノロジー企業における
重要な位置を占めつつある
インド系アメリカ人やインドからの出稼ぎ者を
トランプが排斥するのだろうか?  

※ついでに

 『カルテット』。 このドラマ『逃げ恥』ロスをブッ飛ばす気配!
演出陣が 『逃げ恥』なのだった。金子さんも土井さんもそうだった。
なるへそ。 キムタコじゃなかったキムタクドラマが
ドンドンひどくなっていく中 『カルテット』は絶好調だ。
昨夜の茶馬子を演じた女優さん(失礼!お名前をチェックし忘れた)
なんざ 素晴らしかった。観ないと損しまっせ ホンマ。
あんながさつな女をあれほど最後は愛おしくみせる腕が
このドラマのディレクターとシナリオライターにはあるし
きちんとしたキャスティングができているのだから!
たとえば
手切れ金を渡しに来た謎の男を茶馬子が張り倒すと
次の瞬間 元駄目夫たる家森君をその謎の男が
すかさず張り倒すショットは 的確なカメラ位置で
素晴らしかった。俳優方々も お見事!
だんだん話が面白くなってきたし
昨夜の家森君の父性愛復活は
どことなく 『傷だらけの天使』のオサムとケンタの
オマージュを 見事に昇華している感じすらして
何処までも底の浅い 『A Life 』よりも格段の
映画乃至ドラマとしての差異を覚えるのであった。 
死病に罹るヒロインとその娘との愛情をステロタイプに描かれるのを観るより
昨夜の何処までもいい加減な父親と
いたいけな倅の間に流れる 切ない音楽の方が
我々は 上質な感情教育として受け止めることができるはずだ。
『逃げ恥』でテレビドラマって面白いものだったんだを
思い出した人々も多い。『カルテット』も充分上質であると
私は 世間の片隅から ちょっと叫んでおきたい。
今からでも遅くない。tverでチェックあそばせ。スマホでもチェックできますって。


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